ういう希望のかずかずが、十六むさしの駒のように、あれこれと胸へ浮かび上がってきた。
 ひとつひとつ克明にかなえていったら限《き》りがないが、まず扮《な》り。装《こしら》えだった。
 思うさま派手な、芸人らしい上にも芸人らしい装えがしてみたかった。絢爛な多彩な柳桜《やなぎさくら》をこき交ぜたような立派やかな扮り。
 一にそれがしてみたかった。
 そうしてあれが圓朝かと、路ゆく人から振り向いてみせたかった。譬えれば自分の歩いていったあとの道へは、紅白金銀さまざまの花々が散りしき匂っているような、そうした目も絢な振舞がしたかったのだった、かりにも男と芸人と生れきて一度は。
 すぐさまそれを実行した。
 まず、黒羽二重五つところ紋の紋付をしつらえ、白地へ薄むらさき杏葉牡丹《ぎょうようぼたん》を織りなした一本|独鈷《どっこ》の帯しめた。燃ゆる緋いろの袖裏がチラチラ袖口からは見える趣向にした。群青そのものの長襦袢また瑰麗《かいれい》を極め、これも夕風に煽られるたび、チラと艶《なまめ》かしく覗かるる。とんと[#「とんと」に傍点]花川戸の助六か大口屋暁雨さながらの扮装《いでたち》だった。
 これで堂々と楽屋入りした。少し風邪気味のときなどは黄昏、芝居の頼兼公のような濃紫の鉢巻をして駕籠に揺られ、楽屋口ちかく下り立つと、つき添いの萬朝の背に片手かけて、しずかにしずうかに楽屋に入った。いかさまこれでは往来群衆の目に留まらないわけがない、圓朝が行く圓朝がとえらい評判になってしまった、そうしてまたその晩の客が増えた。
「な、何だいあの姿は」
「とんだ茶番の助六だね」
 さすがにここまでくると、仲間の誰彼がハッキリ後ろ指を指しはじめた。
「いえもうここ[#「ここ」に傍点]へきてるんですよ皆さん」
 中でも自分の脳天へ指をやって師匠圓生は、ここぞとばかり圓朝狂えりといい触らした。
「圓朝さん、お前生涯にいっぺんだけそういう装《な》りがしてみたかったんだろう、生れてから今日日《きょうび》までお前の身の周りは何もかもズーッと真っ黒ずくめだったんだものなあ」
 ある日、しみじみと文楽師匠だけはこういってくれた。
 その通り、まさにその通りだった。何ももう改めていうがことはない。隈《くま》なく心の中を天眼鏡で見透されたような気がした。何てよく分ってくれる人なんだろう、私の心の中のことが。
「分るよく分
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