、衣裳、目の玉の飛び出すような入費だった。くじけずに圓朝、片っ端から気前よくこしらえていった。しかもチャチないい加減なものではなく下手な緞帳芝居は敵ではないほどの絢爛なところをこしらえさせるのだったから、その費用は一段とかさんでしまった。
 その上、この興行から本式の長唄囃子連中を七人も頼んで演奏して貰った。これにも莫大の出演料が必要とされた。
 その代りイザ蓋を開けると千両の役者には千両の鳴物さらにまた千両の道具、まさかに千両はかからなかったとしてもおよそ寄席の高座には吃驚するような絢爛豪華ありったけ[#「ありったけ」に傍点]のものが花々しく展開され、高座は冴えに冴えたのだった。
 アッと人びとは目を瞠った。
 息を呑んだ。
 こんな目のさめるような華やかな道具噺、いまだかつてめぐりあわしたことなんてなかったからだった。
 きた、客が。やたらにあとからあとからひっきりなしに詰めかけてきてはたちまちどこの寄席でも襖障子を取り払ってしまい、まるで正月興行のような大入り繁昌を呈することとはなってしまった。
「あんなコケ[#「コケ」に傍点]脅しにひっかかるなんて、このごろの客は悪くなったんだ」
 聞こえよがしに師匠圓生はまた、ほうぼうでから悪口をいって歩いた。当然、それは圓朝の耳へもつたわってきた。
 でも。
 小大橋《こたいきょう》で文楽師匠にいわれていたことがあった。決してもう昔のように悲しいとも怨めしいとも、また腹立たしいともおもいはしなかった。
 いつか――いつか分ってくれる。
 それでいいんだ。
 ひたすらそう考えて、自分のおもうところへのみ、馬上まっしぐら[#「まっしぐら」に傍点]にと進んでいった。同時にこうしためげない振舞のできてきた自分にしてくれた文楽師匠の情のほどを、いよいよかたじけないものにおもった。
「いい、圓朝は」
「ほんとに、まず圓朝だね」
 そこでもここでも圓朝の名が、旋風的な圧倒的な人気の中心となって渦巻いてきた。ようやく収入《みいり》がよくなってきた。小遣いも豊富に遣えれば、それでもなおかつ翌月へのこるまとまったものがあるようになってきた。
 余裕《ゆとり》――身にも心にも、生れてはじめてといっていい余裕というものが、ようやく春の日を芽吹く枝々のように生じてきた。いう目が、そこにでてきたのだった。
 すると――。
 まずやってみたい。
 そ
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