り》で」
まだ心配そうに阿母は眉を寄せた。
「細工は流々《りゅうりゅう》仕上げをごろうじろ、とんだ『大工調べ』だが、大丈夫ですよ、これでもし一、浅草の寄席からお銭《あし》のとどくのが遅れてもいまいって演《や》る一席ですぐお宝が頂けますから」
安心しておいでなさいとばかりピューッと圓朝は飛びだしていった、大晦日の夕日|舂《うすづ》く茅町の通りのほうへ。
「ヘイ圓朝、年忘れのお見舞いにうかがいました。誰方《どなた》も佳い年をお取り下さいやし」
その羽子板ギューッと豆絞りの手拭で額のまん中へ結びつけて、さながら出入りの大工左官がお見舞いにきたようなかっこうをして圓朝は、汚い印袢纏のまんま颯爽と萬八の大広間へと飛び込んでいった。
「……」
はや紅白梅活けた大花瓶まん中に、お供《そな》え祝った床の間ちかく、芸者幇間を侍らしてドデンとおさまっていた三十八、九のでっぷり立派やかな金太郎武蔵の主人はじめ、通人らしいその朋輩たちは、いずれも奇抜なこの圓朝のいでたちにアッと目を奪われてしまった。しばらくマジマジみつめていた。やがて感嘆の声が洩れてきた、誰彼からとなく。
「感心、いい趣向だな」
金太郎武蔵のすぐ隣りにいた目の細い若旦那風のがまず、いった。
「ウーム、気取らねえで凝っていてさすがに圓朝だ、こいつァ頂ける」
その隣りにいた若禿げのした旦那も賞めた。
並いる人たちも芸者たちも、幇間たちも、みんながみんな御趣向御趣向といいだした。
誰一人あっていま人気者の三遊亭圓朝、元日をあしたに控えてまさかにこの印袢纏一枚とはしるよしもなかった。あくまでこれを趣向とおもい、洒落と信じ、一座心から賞めそやした。ほうぼうから自分の贔屓を賞められて金太郎武蔵、ただもうわけもなく恐悦していた。
……その晩、圓朝はおびただしい御祝儀をいただいた。
二
そうした中でさらにひとつ「菊模様皿山奇談」を書き上げた。
これはおよそ大道具大仕掛のものだった。
山門のセリ出しがあったり、忍術使いが大きな蝶へ乗って登場したり、高座の前へ一杯水をたたえた水槽を置き、ザブンとそれへ飛び込んで高座裏へ抜け、首尾よく早替りを勤めたりした。
(この水を毎日必ず取り替えておくはずを、うっかり萬朝忘れてしまい、汚れた水の中へ圓朝を飛び込ませて、叱りつけられたこともあった)
これだけでも道具
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