その晩の喋る噺に苦労をしつづけた、それがいまことごとく役に立って圓朝はさまで[#「さまで」に傍点]苦しまずとも二つともトントンと筋が立っていったのだった。否、なまじ聞き覚えの噺や講釈をあれかこれかとおもいだすより楽に、自由に、我流で筋立てていくことができたのだった。ことに、苦しさももちろん少なくはないが、一篇書き上げたそのあとの喜びは何にも代えがたく素晴らしかった。喋って、巧くできて、ワーッと受けたときより、地味ではあるがこの喜び、遥かに大きいかもしれなかった。
 もの[#「もの」に傍点]書くということの上に、日々人知れぬ幸福を、圓朝は感じだすようになってきた。
 傍ら新作に相応《ふさわ》しい道具もこしらえていった。つづいて鳴物の打ち合わせもおえた。
 八日目。
 もう中日《なかび》はすんでいたが、演らないよりはまし[#「まし」に傍点]、名誉挽回この機《とき》にありと、

[#ここから3字下げ]
┌──────────────┐
│      今晩より御高覧に|
│新作道具噺         |
│      奉供候 圓朝敬白|
└──────────────┘
[#ここで字下げ終わり]

 こうした立看板を、麗々しく久保本の表へ飾らせた。新春《はる》のこととてどうやら不評ながらにお客のきていたところへ、この目新しい看板は道行く人の目を魅き、足を停めさせた。論より証拠、たちまちその晩のお客は二|百《そく》五十を越え、中入り前には早や場内、春寒を忘れさせるほどの人いきれが濛々と立ちこめていた。
 この晩初めて圓朝は「おみよ新助」の封切りをした。殺し場でチョンと後の黒幕が落ちると、紫と白美しき花菖蒲が、そこかしこ八つ橋を挟んで咲きみだれていた。
 その菖蒲模様を背景に禅《ぜん》の勤《つと》めの鳴物、引抜きで浅黄の襦袢ひとつになって圓朝は、ものの見事な立廻りを見せた。世話だんまりのおもしろさがそのまま、猿若町の舞台からここ久保本の高座へと移り咲いて、花と匂った。
 すこんからんと見得切ったとき、
「成田屋」
「音羽屋」
「三河屋」
 いろいろのことを叫んでお客は熱狂した。
 その興奮のるつぼ[#「るつぼ」に傍点]の真っ只中を、早間に刻む拍子木の音いろとともにスルスルと御簾が下りていった。まだ、いつ迄も、喝采が聞こえていた。歓呼のどよみが鳴り止まなかった。
 初晩以来、初め
前へ 次へ
全134ページ中92ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング