巻いて弄りものにする噺では、中の一人の子供が釜の中から青い火がでるところを見ると幽霊がでるかといかけやをくさらすのに対し、別の子供が「小父《おぢ》さん、釜から幽霊(ゆうれん[#「ゆうれん」に傍点]と発音した!)のでるわけないな、釜からでるのやつたら五右衛門(ごよもん[#「ごよもん」に傍点]と発音した!)の幽霊やな」と助け舟を出すので救はれたいかけや、「大分、お前、話、分るな」とおだてると、「さうか、そない、分るか。おつさん、私《わい》、弁護士になろかしらん」
ここらも耐らない可笑しさだつた。
「素人鰻」ではうなぎやの主人が鰻を持つたまゝ電車へ乗つてしまつたし、「返り討」では洋服を着た泥棒が崇禅寺馬場で大時代な三度飛脚に対面し、「ちしや医者」ではシルクハツトを着つた奴が籠へのつかり、頭がつかへるとて大騒ぎをはじめる。
まことに奇想天外であり、ポンチ絵に見られるナンセンスの極致である。がそれにはあの愛嬌のある狐のやうな顔をした、さうしていつも大家らしくなく凡そソソクサとでてくる姿の彼、いつも飛んでもない極彩色の高座着を着てゐた、背中一ぱいの定紋のがあつた、印絆纏のやう朱で両襟へ春団治と
前へ
次へ
全15ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング