る晩のこと、この阿部川町から吉原の寄席へ掛け持ちに行こうとすると、自分の前を手品の蝶之助がイボ打《うち》という太鼓を叩く男を連れて高声で私の噂をしながら行く。これが悪口でもあることか、燕花は落語家の太閤さまだ、いまに天下をとるだろうとか、ひと晩でできてしまったあれは富士山のようなやつだとか、そりゃあもうあなた、ほめてほめてほめちぎっていくのです。こうなると私もさあ[#「さあ」に傍点]うれしくって、根がそれ[#「それ」に傍点]そこがそそっかしやときているから、とたんにポーッとしちまって私は吉原の寄席へ行かなければならないのに、夢中で二人をソーッとつけていき、この二人の掛け持ち先の本所の中の郷の寄席までくっついていって、はじめてアッと気がつきました。あわてて吉原の寄席まで駆け出して引き返していって、どうやらやっと間に合わせましたが、なにからなにまでこんなことがすべていけないことだらけだったんです。
だって考えてもごらんください。
本来ならば修業最中のいまだ若い身空《みそら》で常磐津になっても落語家になってもこう万事万端がいいずくしじゃ、外見《そとみ》はいかにもいいけれども、しょせん、永
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