らお客さまによろこんでもらえるだろう俺は。というよりもいったい全体どこがお客さまにすこしもよろこんでいただけない、いけないところだろう。
 ものは考えてみるものですね。考えて考えて考えぬいてみるものですね。天は自ら助くるものを助く。どうしたらよろこんでもらえるかと考える先に、どこがよろこんでもらえないのか、そう気がついたところに、蓮の花がひらくよう、パチンと音立てて私の心の花はひらいてきました。
 陰気だったんだ、私の芸は。もともと、口調がムズムズと重いそのうえに、暮らし向きのいけないこともそれへ輪をかけて私の高座を暗いジメジメしたものにし、ずいぶん理に積んでいて陰気至極だったんだ。
 それだけに脇の下をくすぐって無理にお客さまを笑わすようなケレンは露いささかかももちあわせていなかったから、師匠燕枝はじめ、死んだ燕路さん、年枝さん、鶴枝さんたちはみんながみんな、それケレンのない、一応、本筋だというところを、わずかにほめていてくれたんだろうが、じつにそれ以外のなにものでもまたなかったわけだったんだ。
 しかし、しかし、いくら本筋であるとしても、お客さまは、ことにこうしたこの頃の戦争の最中
前へ 次へ
全34ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング