しさを感じました。すっかり身が、心が、ぽってりと肥えて太ってきたかんじでした。
 だのに、だのに。
 やっぱり、売れない。売れないんです、からっきし[#「からっきし」に傍点]。ばかりか三軒あった掛け持ちは二軒に、二軒のところはまた一軒にとだんだんあとびっしゃりをしていくのはひどすぎる。
 こうなるともう私は、怨とか、腐るとかいうことでなく、真剣に、肚の底から腹を立ててしまいましたね。
 冗、冗談じゃない、てんだ。
 つもってもみてくれ。
 うそにもよっぽどどこかに見どこがあると思えばこそ師匠燕枝も、親しく小対《こむか》いになって「芸」の急所や奥許しを、惜し気もなく私にさらけだしてみせてしまってくれたのだろう。
 だのに、それがやっぱり売れないときては、わかった、みんなして寄ってたかって俺をバカにしているんだ。
 いい加減なでたらめばかり言っておだてちゃ、陰で赤い舌を出してよろこんでいやがるんだ。
 人をも世をも怨みわびとでもいいましょうか、果てはほんとに世のなかが、まわりの人たちが、ただわけもなくうらめしくてうらめしくてならなくなった。みんな仇《かたき》だ、みんな敵なんだ、人を見たら泥
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