ょいと、めしを食ってくる」と表へ出てワザと襟へ挟んでおいた古い楊枝を斜めにくわえて、ああ、どこそこのなにはちょいとやれるぜなどといい加減なことを言って、さもさも食べたような顔をして帰ってきたこともありました。ある日、逆さにふっても鼻血も出ない一文無しでこの金沢の楽屋を出て、京橋の上へかかってきたら忘れもしない爺さんの乞食《おこも》が、自分の前に七、八銭並べて、どうぞやどうぞやとお辞儀をしている。ああ、あるところにゃあるもんだなあとジーッと立ちどまって見つめていたら、急にその乞食が立ち上がってそのお銭《あし》を懐中《ふところ》へ、さも薄気味悪そうにスーッとどこかへ行ってしまったのは大笑いでした。もっともこの乞食の爺さんにはもうひとつ、後日物語があります。そののち私がすこうしはどうにかなってきてからやっぱり金沢へかかったとき、やっぱりこの爺さん京橋の上に座ってお辞儀をしているのでわが身に引き比べてなんともかわいそうになり、一銭取り出してやろうとしましたら、ヒョイと私の顔を見てその爺さんが、「アアお前さんのはいりませんよ」とニコニコ手を振って断わられたには、いよいよどうも大笑いです。摩利支天
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