、さらに/\つゞけんかな。

「な、な、何の用だえ」
 やがて宝生栄之丞は、未だ寝足りないやう、美しい目を充血させて、やさしく訊ねた。
「ヘイ耳寄りなお話なんで」
 ヂリリ一と膝、阿波太夫は乗出して来た。
 またサーツと一と切《しき》り吹抜けて行く涼しい風。

     三

「あの、じつは、佐野のお大尽が」
 声を低めて阿波太夫は云ふ。
「化物か」
 美しい栄之丞の顔へ微かに冷笑が漂ふ。
 松皮疱瘡の次郎左衛門を、「化物」とかう栄之丞は蔑称したのだつた。廓全体の蔑称だつたかも知れない。
「ヘイ」
 阿波太夫は頭を下げる。
「その化物が何としたのだ」
 冠せて栄之承は、訊く。
「ヘイ、じつは、明日の単午《たんご》の節句を期しましてその前に、八つ橋花魁のための八つ橋楼と云ふお居間ができました、お大尽のお骨折で」
「ウム」
「明五日の晩には、ですから大尽がお見えになります」
「ウム、ウム、それで?」
「いえ、それですから、その、折角できたそのお座敷で、お大尽のおいでなさらない前に、あなたさまにおいでを頂いて、今夜一と晩ゆつくりお憩みを頂き度いとかう花魁が申しますんで」
「な何?」
 はじめ
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