い。聴いていて、だんだん私は今夜の清興の色褪せてゆくものを感じた。その上このクライマックスのさわりのところまでしゃべってきた時、プツンと下座の三味線糸が絶《き》れてしまった。染丸はあの四角い顔へキッと怒りの色を見せて、「糸が絶れましたよってまた明晩お聴き直しを……」と、プイッとそのまま接穂なく高座を下りていってしまった。「オイお前、肝腎のとこで糸絶らしたら仕様ないやないかド阿呆」続いて口ぎたなく怒鳴っている声がこんな風に客席の方にまで聞こえてきた。いよいよ私は感興を殺《そ》がれた。
そのすぐあとへ隠退した音曲師の橘家圓太郎が、この間没した圓生のような巨体をボテッと運んできた。「姐ちゃんいま染丸さんに怒られて気の毒だけどひとつぺんぺんを弾いておくンなさいな」、いと慇懃《いんぎん》に彼は言った。見ていて好感の持てるような腰の低いニコニコした態度だった。いくら古く上方に住み着いていても根が圓太郎は東京人だから、染丸と違って下座一人にもこんな気兼ねをするのだろうか。がそれにしてもあの染丸のあの態度はどうも好くない。糸を絶られて芸の情熱を遮断されてしまったあの憤らしさはよくわかる。同情もできる。が、お客へまで聞こえてくるようなあんな楽屋での叱咤《しった》怒号はなに事だ。ほんとうの芸の名人はいくら泣血《きゅうけつ》の苦心をした時も汗一つかいた様子を見せないところにあるというじゃないか、春らしい噺もしやがらないで。考えれば考えるほど私は染丸がイヤになった。反対に愛想のいい芸人らしい圓太郎の姿に軽い好感さえ感じられ、そのまま立ち上がると、紅梅亭を出てしまった。こんな事があってからだんだん私は染丸の噺に溶け入っていかれなくなった。しまいには染丸がでてくるとフイと喫煙室へ立ってしまうようなことまでがあった。
三年後のある春の夜、街はもう堀江の木の花おどりの噂でソロソロ春らしく浮き立っていた。私は今別派をたてて上方落語のために苦闘している笑福亭枝鶴(今の松鶴)と南のある酒場で飲んでいた。その晩、彼はまだまだ私の耳にしていない昔の上方の春の人情を美しく織り出している落語のかずかずを、どっさり、差し向かいで聴かせてくれた。すっかりうれしくなってしまった私は、ふと思い出して何年か前の晩の紅梅亭の話をした。黙っておしまいまで聴いていた松鶴は、聞き終わるとあの髪の毛の薄い口の大きな仁王様のよ
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