前非後悔、健気にも決意した正介がその晩泊った新宿の宿で、夜半乳を求めて泣く真与太郎に、正介当惑していると、泊りあわせのお神さんが乳を恵んでくれる。おかげで真与太郎はすぐ安々と眠ってしまうが、翌朝、重信に南蔵院へ絵を描きにきてと頼みにきた原町の酒屋万屋新兵衛と宿の廊下でパッタリ出会い、いろいろ話し合ってみるといずくんぞしらん昨夜乳を恵んでくれたはこの新兵衛のお神さんであったとは――。ここらの偶然さは少しも不自然でなく、むしろ重信の霊に叱られた直後のこの奇遇だけに、真与太郎のためはや[#「はや」に傍点]この亡魂の加護あるかと、慄然とさえさせられるのである。
話は前後するが磯貝浪江が重信の家へ入夫しようとするくだりで、何にもしらないで浪江にたのまれ、おきせに再縁をすすめにくる地紙売の竹六が、磯貝様はどうだと訊くと「まさかあのお人を」とおきせが否定するのでオヤこの分なら脈があるなと心でおもう言葉も巧い。ほんのこれだけの会話の中にじつにいろいろさまざまの複雑な意味を持たせている圓朝に、よほど私たちは学ばなければならないとおもう。
一方故郷の武州赤塚村へ立ち戻った正介は、細々と真与太郎育ててい
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