明けを待ち兼ねてそこそこに逃げだしてしまう。「這々《ほうほう》の体で江戸へ立ち帰り、芝日蔭町の主家江島屋治右衛門方へ帰って参りますと、店先へ簾を垂れ、忌中と記してありますから、心の中にお出でたなと怖々ながら内へ這入り、様子を聞くと家内が急病で亡くなり、お通夜の晩に見世の小僧が穴蔵へ落ちて即死」
 再び金兵衛ゾクゾクと慄えて「ああこの家も長いことはあるまい」と長嘆息する。
 これがその二席――。
 まことに戦慄《スリル》のほども新鮮そのものの怪談である。
 糊貼りの婚礼衣裳が大雨に濡れて剥がれる発端も斬新なら、その衣裳を火中する老婆の姿もまことに無気味、さらに飛ぶようにかえってきた主家の表に忌中簾の下りている物凄さ――とまことに三拍子揃った構想の妙に、ただただ私は感嘆せずにはいられない。主家の忌中簾を見る一節など「新しすぎて凄い売家」とある「武玉川」の一句をおもいださずにはいられない。それには部分部分の描写会話もなかなかに秀でていて、老婆のくだりは前述したごとくであるが、お里の嫁入り馬の扮《こし》らえにしても、「馬《うま》へ乗って行くんだが、名主なら布団七|枚《めえ》も重ねる所だが、マア
前へ 次へ
全82ページ中35ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング