たる二席についてのみ、最初に語ろう。下総国大貫村にお里という美しい娘があり、それを名主の息子が見染めて嫁に迎えることとなる。名主は仕度金五十両を与えるのでお里は母と江戸へ上って芝日蔭町の江島屋という古着屋で(婚礼の日が迫っているので仕立てていては到底間に合わなかった)「赤地に松竹梅の縫のある振袖、白の掛帯から、平常のちょくちょく着まで」四十二両という買物をしてかえる。ところがこの婚礼衣裳が糊で貼り付けたまやかし[#「まやかし」に傍点]ものだったので、馬へ乗って先方へ輿入れの途中、大雨に濡れた。ために満座の中で「帯際から下がずたずたに切れ」た。「湯巻《ゆもじ》を新しく買うのを忘れたとみえ、十四、五の折、一度か二度締めた縮緬の土器《かわらけ》色になった短い湯巻が顕われ」た。面目玉を潰した名主は五十両の仕度金をやったにお前たちは五両か十両のものを買ってきたのだろうとカンカンになってお里母子を村内から追放する。カッと取り逆上《のぼせ》たお里は大利根へ身を投げて死んでしまう。
 これがその一席――。
 その年の冬、江島屋の番頭金兵衛が下総へ商用できて吹雪に道を失い、泊りを求めた茅《あば》ら家で夜
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