ある、でも共に見ン事その初一念貫きとおした点では両者同一に賞められてよかろう。そこで平左衛門がどうしてさまで[#「さまで」に傍点]武家奉公がしたいと訊ねる、ハイ剣術を習って親の仇が、してその親とは……とこう問い問われてきてはじめて黒川孝蔵の遺児《わすれがたみ》たることが分る段取りにはなるのである。少し話が前後してしまったけれど。
 一方想いに耐え兼ねた新三郎は船を仕立てて柳島の寮ちかく漕ぎ寄せさせる、そして首尾好くお露にめぐりあい、語らっているとお露の父平左衛門に発見《みつけ》られ、あわや一刀両断の処置にあわんとして南柯《なんか》の夢さめる、何事もなく身は船中に転寝《うたたね》していたのであるが、「飯島の娘と夢のうちにて取り交わした」香箱の蓋はまさしく手にのこっている。ここらの怪奇も生々としていて、冴えている。さらにその香箱が「秋野に虫の模様」であるのはいよいよ凄味があってよいではないか。
 それからまたひと月経った六月の末、志丈は久々で新三郎を訪ねてきてお露様がお前に焦れ死んだとつたえる、しかもあくまでオッチョコチョイにできている志丈、喋るだけ喋ると寺も何もいわないでアタフタかえっていってしまう。寺を教えないでかえるためにあとの怪異が自然に進行し、発展する。その発展のためには志丈のこうした性格がまたあくまで自然に役立っている。こうしたところも、春のやおぼろではないがかいなで[#「かいなで」に傍点]の作家には真似られぬ圓朝の冴えが見られるとおもう。ところで牡丹燈籠提げて駒下駄の音物凄きお露お米の怪異は、その晩のうちにおこなわれるのである。二人の姿をみつけた新三郎がアッとおどろく前に、乳母のお米のほうが「貴方様はお亡くなり遊ばしたという事でしたに」と目を瞠っている。で、お前様こそお嬢様のお亡くなりのあと看病疲れで亡くなったと、聞きましたにと新三郎がいぶかると、いよいよお米は呆れたのち、「うちにはお国という悪い妾がいるものですから邪魔を入れて志丈に死んだといわせ」たのだろうとこういう。ここにおいて新三郎同様その晩のお客もまた、ではやっぱりこの二人の死んだというはお国の詐略だったかと易々と信じさせられてはしまうのである。というのが、お国とは平左衛門がお露の母の死後つい引き入れた悪婆で元々この女と合わないため乳母と二人、寂しく柳島の寮で暮らしているお露ではあることを初晩以来、お客といえども知らされているから。こうした段取りもやはり憎いほど圓朝は心得たものだとおもう。
 かく物語の発展していくうちも平左衛門と孝助のA、お露新三郎のBと、相変らず物語はAB、ABと隔晩に交互して運ばれていっているのであることもちろんで、今後はいちいち断らないからその積りで読んでいって頂きたい。すなわち一方、飯島の家においてはそうしたお国なればこそ、隣家次男坊宮部源次郎とわりなき仲となっていて、釣に事寄せ平左衛門を殺そうとさえ企てているため、私かに聞き知った孝助が躍起となって主の大難を未然に防ごうとしている。そうした最中に飯島の知人相川新五兵衛が訪ねてくる。新五兵衛は娘のおとくが孝助に恋患いしているので、飯島まで孝助を貰いにやってきたのであるが、この新五兵衛のいかにもそそっかしい好々爺ぶりも春のやの賞讃しているとおりじつによく描かれている。否、ことによると「牡丹燈籠」全篇を通じて相川老人が一番ありありと描けているかもしれない。「娘の病気もいろいろと心配も致しましたが、何分にも捗々《はかばか》しく参りませんで、それに就いて誠にどうも……アア熱い、お国さま先達《せんだっ》ては誠に御馳走様に相成りましてありがとう。まだお礼もろくろく申し上げませんで、へえ、アア熱い、誠に熱い、どうも熱い」といった風にである。一読、赤銅いろの禿げ頭した背の低い小肥りした憎気のない老武士が髣髴としてくるではないか。
 萩原宅では、夜ごとお露お米がおとずれてくる。隣家の伴蔵が覗いてみれば「骨と皮ばかりの痩せた女で、髪は島田に結って鬢《びん》の毛が顔に下り、真っ青な顔で、裾がなくって腰から上ばかり」なのである。仰天して近隣の売卜《ばいぼく》の名人白翁堂勇齋のところへ駈け込むのだが、そのとき圓朝はこの勇齋をして「尤も支那の小説にそういう事があるけれども」といわしめている点も不敵なほど、「芸」の迫真の何たるかの奥秘を悟りつくしているものといわなければならない、お露の名が圓朝を贔屓にした北川町の玄米《くろごめ》問屋近江屋の嫁の実名であり、その家に起こった因縁噺が怪異のヒントとなっているとしても、萩原新三郎の名のほうは『牡丹燈記』の邦訳たる浅井了意が『伽婢子』の中の萩原新之丞が転身たること明らかである。見す見すそこに材を得ていながらハッキリ「支那の小説」云々とそれを匂わせることによってかえって、そ
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