といろではあつたが、紅白二たいろの※[#「米+參」、第3水準1−89−88]粉細工屋を見た。玻璃窓には紅い首輪の猫などしつらへてゐた。心和むおもひであつた。高の葉書は左の如くである。

「ただ※[#「米+參」、第3水準1−89−88]粉」はうれしいな、こんな文章をよまされると泣きたくなるよ。
  徳兵衛の※[#「米+參」、第3水準1−89−88]粉細工も春のいろ
 こんな出来そくないの句があるよ。観音さまのまへの大銀杏の下に出てゐた※[#「米+參」、第3水準1−89−88]粉屋、上手できれいな、知つてるね。あの爺さんの指の動きに出来る鳩やうさぎにも四季それぞれの景色が空の色がおのずと僕たちにはわかるんだよ。「ただ※[#「米+參」、第3水準1−89−88]粉」のほかはやかましくつて買へなかつた僕、女中がうしろにゐてね、かなしかつたものですよ。先日美和子がお母ちやんにめづらしくキレイな※[#「米+參」、第3水準1−89−88]粉ざいくの鳩、お砂糖の入つたのを買つてもらつて大よろこび、たべるのを大切に、いたはつて尾の方からたべたつけ……。
[#ここで字下げ終わり]

 この文中の花園春美がはやいまは廿三歳になつた。戦火は熄み、親しく葉書して呉れたその人は爆火に仆れ、此に描かれた街々の、景情のことごとく氓びつくしてしまつたこと、繰返し説くにも当るまい。
 平和が再来してはじめて羽後の村落から立戻つて来たその年のくれ、私は偶々招かれて某君邸の運座に「火桶」の題を得たとき左の拙詠を吐いた。
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数々の生死《いきしに》おもふ火桶かな
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 蓋しわがすべての感懐感慨はこの一句に尽きてゐる。
[#地から1字上げ](昭和十七年十二月初稿、同廿二年七月補筆)



底本:「東京恋慕帖」ちくま学芸文庫、筑摩書房
   2004(平成16)年10月10日第1刷発行
底本の親本:「東京恋慕帖」好江書房
   1948(昭和23)年12月20日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音、促音は小書きしました。
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2009年10月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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