れませんやと席亭大恐悦でいる時しもあれや、たちまちにして下谷署から出歯亀の出演まかりならぬの一大厳命。さしもの大盛況も、あはれ、一夜の夢とはなり果ててしまった。でもこれは、戦後自由の今日でも、やはり上演禁止と相成るだろうと思うが諸君いかが。
 他に、昭和五、六年頃、官員小僧のにせものとか、蝙蝠《こうもり》小僧とかいう老賊が端席へ出て、懺悔談のあと、高座から盗犯防止のリーフレットを売った。つまり窃盗はどういう風な家に多く入るかとか、ゆえに戸締りはどうしろとか、それが十何ヶ条と細目にわたって書いてあるのである[#「書いてあるのである」は底本では「書かいてあるのである」]。蝙蝠小僧の方は黙阿彌の「島千どり」の福島屋のくだりをそっくりそのまま自分のことにして喋っている甘いものだったが、にせの官員小僧の方は大の達弁でストーリーもまたごくおもしろかった。この間、うちのものが日劇名人会へ出演した時、たまたま港家華柳丸君と連夜楽屋を同じうし、彼はかつてにせの官員小僧とたしかに二枚看板で出演していたことがあったのだからと思っていろいろと往年のにせ怪盗の素性を問い質《ただ》してみたが、ニヤニヤしているばっ
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