もおかしくてならなかったことがさらに三つある。ひとつは、私の上京中、師吉井勇が、旅行の帰りに立ち寄られた時のことである。師もあの頃は一年の大半を旅ばかりしていられた時代であるから、その時もどこかの旅のお帰りで、かなり旅塵にまみれていられたにちがいない。そうしたら、留守番をしていた小半次が応接に出て、私の帰庵後こう言ったものだ。
「ねえ先生、先生の留守に大《おお》先生が見えたけれどネ、私の考えじゃいくらか借りにきたんじゃねえかと思うんだ」
 って、あくまで自分の了見から割り出して考えたところが小半次らしくてとんだおかしい。
 ひと夏、湯河原の映画館へ、小半次、三太楼、百圓の三人会で私のスケ(あまりいいメンバーじゃない!)で二日間興行に行ったことがある。古風な馬車で太鼓を叩いて町廻り、私は車上からビラを撒きながら、長田幹彦先生の出世作「旅役者」で、作者が北海道を漂泊中、紙芝居の群れに入って町廻りをしたひとこまを哀しく嬉しく思い出していた。この時不動祠畔の茶店で麦酒を飲んだら、小せんが出てきた蟇《がま》へ石を投げつけ、圓太郎が滝壺へ放尿した。とたんに今まで清冽だった滝の水は、たちまち赤ちゃけ
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