からムシャクシャしてしごとができないとすぐ収入が絶え、前借の利かなくなる時だって始終あり、しかもその時も舌のもつれ手の痺れの方は日々規律面にやって来るのだからまったくどうにもやりきれなかった。私は友だちの顔の利く新本屋から本を買っては友だちの帳面につけさせ、こちらはすぐそれを古本屋で金に代え、やっと一杯にありつくなんてこともあれば、温厚な人格者たる某大阪文化研究者の書庫から愛蔵の稀書を借り出して売り払っては酒に代えてしまったこともあった。もっとも前者の方は計画的だったが、後者の方は決して決してそうではなかったことを神かけてここに誓っておく。「花色木綿」ではないが、それこそほんの出来心だったのだが、結果においてはその罪悪は同一で、だから世のポン中毒者の犯罪を咎《とが》める権利は未来永却私にはない。二十余年後の今日もほんとうにいけないことをしたものだと心から申し訳なく思っている。この物語の冒頭において私の青春は暗黒だったと書いたけれど、事実このようにわが青春は、二十代は、惨憺暗黒なるものだったのだ。この頃芸術と人生の上に深い大きな懊悩があるとかえって何日か私は酒を断つのは(これを書いている
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