幽霊」の一節では自分でほんとうにマッチを点けて人魂の燃えるところまで実演してごらんにいれたのだから、今の貞山の怪談噺のことなんか言えない。しかし考えてみれば本来が喜劇を見に来ているのが全半のお客のところへたったひとりで駆け出しの私が一席喋ろうというのだからその方が無理。とはいえ、サラリーをもらって出演している以上、毎日けじめ[#「けじめ」に傍点]を喰って引き下がるばかりでは、興行師に対してただすまない。
当時は今日も隆盛な坂妻についで、市川百々之助とのちの伏見直江(当時霧島直子)のコンビの勤王剣戟映画の全盛期で、「東山三十六峰春の夜の眠りの中に……」云々と弁士が叫んでさえいれば大喝采の時代だったから、そこで苦しまぎれに私はどんな一席の終わりへもこの映画説明を演り、その時満場の照明を真紅にオーケストラボックスから「勧進帳」の合方を景気好く奏でてもらってフィナーレとした。こうさえすれば、どうやら受けて毎回お茶が濁せたこと、まるで昔、北海道の旅芝居ではいかなる劇中へも必らず義経が登場しては、お客さまを満足させたというあの珍談を宛らである。
しかも、北海道の義経の方は、芝居の筋にはかけかま
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