けに違ひない。――政どんには(この前額の抜け上つていつも顔にひげの跡の青い、襟付きの縞物の半纏を引つかけた中老は、美声だつた。ぼくはこの政どんと十日に一度位は必ず寄席へ、色ものの立花家か、義太夫の新柳亭かへ、行つたゞらう。)、両国橋の欄干へよつかゝりながら、政どんが一節づつ先きにうたつて、「赤牛のいふこと聞けば……」という大津絵を二三日続けて習つたことがある。その歌は今でもその時の節通り覚えてゐる。
ぼくは小学校の、まだ高等科ではなかつたやうである。――そのくせぼくは煙草をのんでゐた。細巻きの大江戸といふ煙草が好きだつた。
ぼくは最近になつてから、当時佐太郎のいつも大の字にねそべつて川風に吹かれた両国橋の欄干は、どういふものだつたらうかと、先づ記憶をたどつて見るけれども、よくわからない。それから古い写真や絵をさがすことを始めると――これが却々手に入らないのだ。かれこれ思ひ立つてから小十年は経つたゞらう――やつとたんのう出来る材料が手に入つたが(第三図)、この明治卅一年七月十日印刷云々とある大阪の古島竹次郎名義の「吾妻土産名所図会」とある石版刷の絵本が、一番はつきりとぼくの求める材料
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