りも川下か(浜町から大橋へかけて)あるひはずつと川上(向島)が似合ひだらう。
 夏の夜――十二時かれこれに店が閉まるのをかんばんといつた。そのかんばんになると、ぼくはよく家にゐる佐太郎あるひは政どんといふものと、佐太郎は二番板の牛切り、政どんは御飯たきであつたが、これと両国橋まで出かけたものだつた。尻をくるりとまくつて大方暗くなつた両国の広小路を駆け出したものだ。それでもまだ広小路には夜空にぼうぼうとカンテラかアセチレンガスか、そんなものをとぼして、ゴム管の蓄音器屋などが店をしまはずにゐた。われわれは両国橋へ着くと、きまつて、その欄干へ登つたものであつた。そして川風の涼しさを満喫した。満喫もおろか、からだ中が橋の上へ出るともう涼風の中に融けてしまふやうだつた。そこで佐太郎は殊に欄干――といふよりもその手すりの上へ、大の字にねるのが得意でもあり、楽しみでもあつたやうだ。当時佐太郎は二十そこそこの若い衆だつたらう。
 ぼくはしかし手すりの上へのぼることだけは、その佐太郎にも、佐太郎より老年の政どんと一緒の時にも、かたく禁じられて、手が出なかつた。今思へばこれは店のものが危険を防止してゐたわ
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