は格別涼しい記憶が無い。柳橋が同じ神田川筋では矢張り涼しいところだつた。「東京名所案内」にもこういつてある。
「柳橋は両国を距る北数十穹神田川の咽喉に架す。此地また両国橋と同じく盛夏の避暑晩冬の賞雪皆宜しく都下第一の称あり。故を以つて酒楼茶店簷を並べ綺羅叢をなす。」
川風にも文字通りそれが涼しい川風と、格別でもないただの風とがあるものだらう。恐らくは地形からもさうなつたゞらうが、大川筋は川の流れが海から見ると大体北上して来て、両国橋のところから心持東へと進路を転じてゐる。それで水勢が上げるにも引くにもぶつかるから、本所横網町の川岸一帯には水勢をよける乱杭が一杯に打つてあつたものだ。百本杭といつて、われわれ子供にはこれは願つても無い陸釣りや蟹つりのスタヂアムだつた。
そんなわけで川筋が大うねりを見せる一つの急所に当るから、両国橋やこれに伴ふ柳橋の地形は水を渡る風も涼しく吹く――のではなかつたかと、素人考へにそんなことを思ふ。歌にも「夏の涼みは両国……」のときまりにいひ、「川風寒くちどり啼く」とはまた違つた風が吹き渡つたやうに思ふのである。この「ちどり啼く」川岸の雪の夜の連想は、両国よ
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