あひ)も、さし渡し間数をとつて見れば、二十間以上ではなかつただらう。
 天地の一町四方以内は、距離としては短かいけれども、微粉分子の一杯にまき散らされた粉の中のやうに、われわれ子供は、その八幡の藪知らずにふけり没して飽くことを知らなかつた。

 虎や横町といふ通りがあつた。方位からいへば横山町筋と平行する両国寄りの裏通りの一つで、東西に走り、われわれ子供はこれをトラヨコ町と呼んでゐたけれども、両国橋に向つて右側の両国広小路(大通り)に、手前が居酒屋、向うが命の親玉で差挾んでゐる細い通りである。東へ丁字形になる。これが虎(や)横町であつた。
 もつとも東へ丁字形とか西へ何とか……いつても、これは今地図の上でほんの付焼刃にいふ記述上の体裁にすぎず、実はぼく当人の実感なり町そのものゝ実感からいつても、道筋の東西南北などといふものは一向わかるものでなく、元々、そんなものはあの辺に存在したと思はれず、トラ横町の中程の精進揚屋とコーモリ傘屋の間の細道をはひると、何でも先々代芝翫のゐた家といふのへぶつかつて、それから、路地ともしやあひ[#「しやあひ」に傍点]とも付かぬ家々の背中同士差迫つた暗い道をう
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