、ちつぽけなものだらう、殆んど一町四方といつても誇張ではない程の、狭つこい範囲である。
が、これは又、地方山間の人の広々とした記憶経験とは似ても似つかないまでに、ゴチヤゴチヤとして、身辺一間毎に、いや一尺毎に複雑極まりない。――例へばぼくの家からその三尺幅ほどの裏の掃除口の通路をかはしかはしして鍵の手に廻ると、殆んど日の目を見ずに両国広小路へ出られたが、その両側は互の家がぎつしり背中合せで、ぼくの家は煉瓦であるし、裏手の小林さんは下見板、その先きの大平は黒の土蔵造りでがつしりしてゐる。この細い久の字なりの通路から上を仰ぐと、家々の瓦が見え、はるかに一筋に高く青空がのぞける。かういふ隙間の空はすごく高い感じのするものである。
大平といふのは、両国広小路に店を開く絵草紙店の版元であつたが、途中その職場の窓をすれすれに覗きすぎることが出来て、暗いその家の中では、数人の男達がいつもせつせと紙を折つてゐたり、あるひは――今思ふと――せはしなくバレンを使つて木版画を刷つてゐたりした。
しかもこの立体的には四方八方から相当高くせまり、視角に映るものとしては歩一歩複雑な景観の尽きない通路(しや
前へ
次へ
全28ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
木村 荘八 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング