立見の金網について
木村荘八

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)正面図《フアサード》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)金網の目の大きさ[#「金網の目の大きさ」に傍点]
−−

[#「立見の金網」のキャプション付きの図(fig47710_01.png)入る]
 図は「木下杢太郎」こと太田正雄氏の写生画を借りるものであるが(小生模写)、遺憾のことには画中に日附もなければ、場所のかき入れもない。写生の日附は恐らく明治四十年見当であらうし、場所は市村座か新富座か、多分新富座であらう。いふまでもなく立見場の即写であるが、今僕にとつてこの絵の一番の重要性は、この絵に写してある、金網の目の大きさ[#「金網の目の大きさ」に傍点]である。これもいふまでもなく、当時の芝居の立見場、一幕見には、大入場――そこからが芝居小屋の場内となる――との境界に、一面に金網が張つてあつたもので、それがいつか立見の人々に押されて帆のやうに大きく半弧を描いて遠く舞台を目がけて脹らんでゐたのは、奇観だつた。この絵の金網は脹らみを持つてゐないやうだが……必ず何処も脹らんでゐたといふわけではなし、金網の張り代へといふこともあらうから、それはこれで良い。
 思ふに杢太郎氏の写生画は、その明暗の調子やパースペクチブなどにいはゆる「素人風な」間違ひをやつてゐることはあつても、形ち[#「形ち」に傍点]はいつも略正確である。その点の「眼」は良い人であつた。この絵の金網の目大きさも、決していいかげんに素描した一コマ一コマではないと思ふ。相当正しく、この辺の大きさ[#「大きさ」に傍点]だつたものと信用が出来るわけである。人の首が自由に出入出来る程の大きさの一コマづつだと見て良いやうである。
 僕の目のおぼえによれば、これより細か目の金網のところもあつたと思ふ。これより更に大き目?といふのは多分無かつたことと思ふけれども、――それが、相当太い、しつかりした針金でからげてあるのである。その針金の色が、下の部分は一体に、それに触る人々の手あかやあぶらによつて、ぬるりと光つて、黒ずんでゐたのも異色のものだつた。
 くどくいふがこの金網の目の大きさ、――その文献ともいふか、おぼえともいふか、その辺のことが伝はらないものである。一幕見の立見に金網の張つてあつたことは相当いつまで
次へ
全3ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
木村 荘八 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング