何でもこれ等の末期の泡沫では見るに見ごたへがない。
 また所謂江戸趣味と称する、芸妓とか、所在なさのおかみさんとか、さういふ人のわざと着てゐるのがある。わざわざ探しに探して如源の抜けのいゝ帯などを買つて来て、横櫛にして見たり、眉毛を剃つて見たり――それはまた私は断わりたい。それ等の幽霊に悩まされるよりは、いつそ無くなつてしまつたとさつぱり見極めをつける方が、気持もよく、本当であると思ふからだ。
 で、――浴衣は美しいものであつた。然し今はもう無くなつてしまつた。
 せめてわれわれは少しは絢爛の前時代に近かつたため、前時代のさういふ特殊の風俗なども垣間見ることが出来て、――これはたしかに知らぬよりは知つただけ何彼に、殊に美術の上には、利するところがあつたと思ふ。

 私は中形といふものを余り賛成しない。殊に中形のがらには曲線的のものが多いが、大きな丸などは元禄時代などのおほどかな風俗なら知らず、今の細つこいなりでは、どうもがらだけ浮き易く、不釣合と思ふ。――この点にも浴衣の発祥の頃の人のがら合ひには、大てい直条の例へば弁慶とか、格子とか、種々の縞、それ等が用ゐられてゐて、中の丸味を蔽うて
前へ 次へ
全9ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
木村 荘八 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング