鏑木さん雑感
木村荘八
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【テキスト中に現れる記号について】
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)わけ[#「わけ」に傍点]
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一
ぼくは鏑木さんに面と向ふと「先生」と呼ぶ。かげで人との噂や取沙汰に呼ぶ時は、「鏑木さん」または「矢来町」である。かういふ相手方のひとのいつとなく互ひの中で出来る呼び名は、その音や言葉にいひ知れぬ実感のこもつた面白いものであるが、鏑木さんはぼくを「木村サン」といつて下さる。またぼくには鏑木さんを目の前では鏑木さんとは決して呼べないのである。
それは一々どういふわけ[#「わけ」に傍点]でといふ、わけは一向感じない。たゞぼくにとつて鏑木さんは常に余人ならぬ「鏑木さん」で、そして「先生」だといふことを述べる。
この鏑木さんは又ぼくにとつて古いお方である。親しく御知り合ひになつてからは二十年経つてゐないにしても、ぼくは今年五十歳であるが――と書きながら、ぼくのやうなものも、早や五十歳になつたかと今更ながら時の経過を思ふ。鏑木さんは明治十一年生れ、寅どしの、六十五歳になられた筈である。
そのぼくが鏑木さんを
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