せん」と却つて恐縮らしくいつて居られる「賊鏑木清方画伯邸に入る」三面記事を見たことがある。
ぼくはこの記事を見た時に、何だかこれ程気に入つて愉快だつたニュースはなかつた。寔にをかしな少しトボけたイキな泥棒であるし先生である。が、盗難事件には相違ないと思ふまゝに、先生へ御見舞の手紙を出すと――ところがそのぼくの手紙は却つて御祝ひのやうな文調だつたかも知れなかつた――程経た頃に鏑木さんからハガキが来て、それにはちやんと印刷文で盗賊見舞に対する叮重な礼状が認められてゐた。そして一隅に先生の字で「今頃こんなものを出してすみません」といふことが添記してあつた。
――万々これが鏑木さんの人柄の一面だと思ふのであるが、賊に見舞はれてどつちみち異常でゐながらも、団十郎の句へ連想の動くを止め敢へず、これを新聞の人に淡々と話したまゝさて方々から見舞状が来ると結局それに対して律義に礼状の印刷を御こしらへになるところなど――この盗賊奇聞は小さいことでそして突発事であつたが、それだけにこれに応変臨機のこたへをなすつた鏑木さんは、恐らく予め用意深く対処なすつた事々の場合よりも一層よく、鏑木さんの「持味」を発露
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