石井鶴三のところへ近ごろある本屋さんが、草稿のまゝの「東京名所」ともいふべき、四十七枚とぢの木版下絵を届けたが、目出度く鶴三の書庫に納つて、いまぼくが、これを借覧してゐる。鮮斎永濯ゑがくところの肉筆「はんした」で、東京名所それぞれの極く忠実な、実地写生に成るものだ。明治も廿年とは下らない。十年かれこれの製作であらう。よくある千社札を四つがけにした大きさの、幅七寸二分縦五寸一分。普通「小判」といふ名所絵版画の定式の形であるが、墨で図取りをして朱で直しが入れてある――このまゝ板木にかけて彫つたならば、既に墨版は出来上るまでのものだが、思ふに版元の見込みで、版行にかけなかつたものだらう。絵が何れもすこぶる地味である。版行してパツと「受ける」といふものではなかつたかもしれない。
 その地味で、パツとしないだけに、また、質実は、この「はんした」本の(われわれにはかへつてその方が有難い)特徴となるもので、ぼくはその永代橋図を見てゐるうちに、その橋クイ橋脚に関する示唆の、「東京の風俗」にかけて、小さからぬものゝあることを感じた。
[#永代橋の橋脚の図(fig47728_05.png)入る]
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