りへ大曲りに曲る角のところ――従つてそこは馬車が時間をとるから、長く視線のとゞまる一角――に、土蔵があつて、そこの白壁へもつて来て、麻かみしもの老人が、両手にビンをつかんで笑ひ顔をしてゐる、大きな絵が描いてあつた。今でもこの銘酒「雪月花」の老人の、八方にらみの眼は、忘れることが出来ない。
[#銘酒「雪月花」広告の図(fig47728_03.png)入る]
十、ネオンサイン
新聞の広告欄に「ネオンサイン外務社員」若干名募集と見かけるやうになつた。ネオン・サインは都市の生活に必須急用のものではないが、明らかに不急なだけに、却つて、復興生活には必要だといふ逆説も成立つのだらう。大正年度以来ネオンの無い夜の都会は、生活の休業か、「非常時」かを意味することになつた。文字通り「非常時」を迎へたゝめに、この四、五年のところ、ネオンは消えたのであつた。そして危く消えッぱなしになりかねなかつたとたれにいへよう。
今朝、何気なく窓から外を見てゐると、昔ながらの節の付いた呼び声で、コーモリや、コーモリ直し、と、町を呼んで歩く「売り声」を聞いて、何かしらんホツとしたやうな心持がした。昔の東
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