代の標語を案出した人は、会社から賞与の万年年金を受けたとか聞いたことがあつたが、さて果して、その標語に添へた絵のクロンボの図案は、よく万年年金に値したかどうか。
 一体「広告」は広ク告グルであるから、大なり小なり響きの強いわけで、昔の広目屋であるとかセイセイヤカンの街頭音楽を持出すまでもなく、人の眼ばかりでなく、記憶に、相当浸み透る作用をするものである。殊に少年少女の頭には浸み易い。標語の「今日はお芝居、明日は三越」なども忘れ難い。――といつて、これが浸み透つたからといつて、ひとが遊惰に走る手もあるまいが――ぼくは少年の頃に、日本橋通りを馬車で通ると、街のある家の軒先きに横書きの文字があつて「ぬけまにまんほらたふいとぬけま」と読めたのを、いつもその前を通るたびに楽しんだことがあつた。これはかへりに、同じ処を逆に馬車で通ると、こんどはこの言葉のまともの意味に読めるのだつた――「まけぬといふたらほんまにまけぬ」、わん・ぷらいす・しよつぷとか云つた家の、軒の横がきの広告――また、銀座の洋服店大民の飾窓に、大礼服の、始終それがぐるぐる廻つてゐる、等身大の人形があつたことや、鉄道馬車が石町から通
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