である。洲崎の標識塔も、震災前あたりはあれで矢張りアーチ形をしてゐた。今あるのは、その一部かも知れない。
ぼくが昔、家人から聞いたところに依れば、東京も川を向うへ渡れば別世界で、遊廓も洲崎は東京をかまはれた東京者の行くところである。従つて気風が荒く、娼妓などもそれに相応した渡り者が陣取つてゐて、往々にして雇人の方が主人よりも鼻息があらい、と。
しかしそれは「昔」の東京又は洲崎のことであらう。今は「東京」も「洲崎」も変つたから全然話が別と思はれる。――それにしても、何処かに昔なりのぞんきな、また伝法な気風はあるものか、ぼくがつい先夜の一二の発見にしても、それが吉原・新宿・品川・玉の井……何処とも違つたキメの粗い古風な感じの有つたのは、とある曲り角で、しやぐまに結つた真紅な装束の女が帯しろはだかでいきなりばたばた横町から往来へ出たのに出逢つたことや、ある小店の玄関先を見るともなく見ると、そこに五六人の娼妓がたむろして、あるひは髪をかき上げてゐる、一人は立つて桃色の着ものの前を大きく引つぱつて振りながら合せてゐる。その他、ゴチヤゴチヤしてゐる有様が、とんと、国芳の絵本かなんぞを見るやうで
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