右の絵です。
 それから同じ室の床の間に、大字で「来者不拒、去者不追」と二行に書き下ろした草書の大幅がかかっていました。右の行の不がふと書いてあって左の行の初めの去が、この土のところの十が大変太く、大きく書いてあった。――恐らく私は此の幅を十八年間眺めたものかも知れません。今思えば年中かけっぱなしで、おかしなものだが、何しろ必ず此の幅は兄キの室の床の間にあって、あの床の間にはあれがあるものと思っていました。尤も時々何だか薄い絵だとか、歴代天皇の御像だとか、正月には七福神とか、僕の五月には鍾馗、妹の三月には雛などとかけ代ったことはある。然し一時のことで、直ぐ又ドカンとした来者不拒……に代ります。又来者不拒が一番ぴったりとした、と云うより気に入った、これが出ていると気のすむような、いつものかけじでした。
 ――この文言が長らく読めませんでしたし、読んでもらっても、わかりませんでした。否、読むものなどとも別段思いません。見ていると不の字のふが、それ一字だけいつでも「ふ」と読めて気に入るし、去の頭の大きいのが何となく面白くて仕方ない。来る者は拒まず、去る者は追わず、と。之をこう読んで、それから
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