から放庵になり、われわれ、また、何のこだはりもなく不思議もなくこれを肯つたやうであつた。そしてぼくの私感からいへば(必ずしもその後この名になじんだ習慣からいふのではなく)、前の未醒号よりは今の放庵号の方がいゝと思つてゐる。一つには小杉さんの「年輩」に対する似合ひの意味でもあるであらう。
小杉さん自身としても、未醒号を廃したについては――酒席のそれとない質問に対しても、正面切つては返答のできにくかつたのが却つて自然な程に――さりげなく変へたものではなかつたらうか。丁度季節の変り目に人が似合ひの衣更へをする自然さのやうに、思へば「未醒」といふ字の「イミあり気な」ところも、それを殊更に穿鑿するまでのことはなくとも、いはばカンで、小杉さんその人に気に入らなくなつた兆しは、恐らくなかつたとはいへまい。
元々この「放庵」といふ号は、倉田さん(白羊氏)が自分用に腹案してゐたものを、小杉さんと倉田さんの間柄のくつたくなさは「オマヘさんにはそれは似合はないよ」といふやうなことから、小杉さんがバイ取つた由来のものであつた。――倉田さんは晩年は忘斎と号してゐた。そして小杉さんを、一番多く新しく「放庵」と
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