醒の――肌合ひに適さないことを身を以つて感ずるに至る実感までには、「苦しさ」の鞭が、十分、小杉さんの骨身を徹した、その上での、いのちをかけた頓悟だつたと思ふ。仕事から「アブラ」を抜くことは。
 小杉さんは諧謔を以つて自分のハゲアタマのことを、渋々と、しかし面白さうに、宴席の芸妓どもなんかに、話すことを常とするが、ヨーロッパでボルドーの宿屋かどこかで朝起きて、洗面台に向ふといふと、梳る櫛の歯にからんで髪の毛がぞくぞくと脱ける。「――そんなわけで、段々無くなつて、こんなになつちやつたんだよ」アハ……と小杉さんは笑ふ。が、フランスで大々の油絵にひとり取り囲まれながら、毎朝髪を梳くと、束になつて頭の毛が脱ける。その環境と分別の中で断想した油絵否定、リアリズム否定が、作家「小杉未醒」の骨格を新規まき直しにする心であつたらうことは、推するに難くない。しかも意識は「否定」したはずのリアリズムを小杉さんが実は魂の底まで食ひ込まれて、荷ひ帰つたことは、知るや知らずや。――小杉さんは満谷さん(国四郎氏)と同行の旅であつたが、満谷さんが「歩に返つて」向うの作家(この個有名詞は忘れた)のところへ仕事のABCか
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