ゝ浮世絵版画の名代の版元です。しかし僕なんかはこれを大ざつぱに絵草紙屋で通してゐましたが、僕の家の裏手からは小路が細く曲りくねつてこの大平のわきへ抜けられるやうになつてゐて夏などはこのドブ板を敷いた高い家と家との間の小路がいとゞ涼しく、大平は真黒な巌丈な土蔵造りですし、ぼくの家は煉瓦作りです。ぼくは広小路へ出るのによくこのしやあひ[#「しやあひ」に傍点]を抜けては、大平の横手の窓口から、暗い家の中で、木版の刷り合せをやつてゐるのを覗いたものです。大平の店先きには絶えず眼先きを変へて、今思へば小林清親であるとか大蘇芳年などの錦絵新版ものが奇麗にかゝつてゐました。中でも未だにありありおぼえてゐるのは、たて版二枚つゞきの、一つ家の鬼婆が片肌脱いで出刃を磨ぎながら、赤のゆもじ一つで上からさかさにつるされてゐる身持ち女を見据ゑてゐる凄い図でした。女は髪を黒々と長く垂らして、真白のからだでした。
大平の隣りが勧工場。これは後に寄席になりましたが、それから、天ぷら屋、金もの屋、松の寿司、砂糖屋、と並んで、吉川町八番地、この界隈が十七世の吉村金兵衛さんといふ家です。これが町内の共睦会の幹事をしてゐま
前へ
次へ
全30ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
木村 荘八 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング