「いろは」の五色ガラスについて
木村荘八
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)小間《こま》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「さんずい+(壥−土へん−厂)」、第3水準1−87−25]
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私事に傾くとすれば恐縮するが、今となつては強ち「私事」でもなく、これも「東京世相」の一つの波の色と化つてゐることだらう。
[#「いろは牛鳥肉店」のキャプション付きの図(fig47594_01.png)入る]
図は牛肉店「いろは」第八支店の、そこで僕の生育した家の正面を写すものであるが、図の向つて左、家の片影に遠見に走るところが、元柳町の、芸妓じんみち[#「じんみち」に傍点]になるところで、家の前面に数本の梧桐が立つてゐる。この梧桐については別の文中に云つた。図の右端のガス燈のあるところが、元、「フラフ」のあつたところである。こゝから右へ居流れて、いつも客待ちの人力車夫が屯ろしてゐた。
家の大屋根から母屋への境界に、恰も軍艦の胴腹のやうにゑぐれたしきり[#「しきり」に傍点]が出来てゐるのは、家を西洋館まがひに見すべく、木のくり[#「くり」に傍点]型とトタンでこの蛇腹やうのものを添へたわけで、このゑぐれたところに大字で右から「第八支店いろは牛鳥肉店」と横流しにペンキで書いてあつた。(図はこれの書き直しの時の有様でもあらうか、原図は明治四十年ごろの写真である。)「いろは」だけが赤がきだつたらう。
「いろは」或は「牛鳥」が赤字だつたこと、殊に「牛」の字と赤との関係は、これはいろは以前の牛肉店以来一つの慣習としてさう行はれたことで、今でも牛肉店に――引いては馬肉店にも――この仕来りは踏襲されてゐる。これは勿論それが目立つ意味と、獣肉は赤いから、そこに基づく由来があつただらう。いろはの営業種目の招牌には「牛羊豚肉営業」とあつて、事業上は牛鳥だけを扱つた。鳥は鶏肉、かしは[#「かしは」に傍点]と云つたものだ。
この家の三階はあとから取り附けのもので、いはゆる「おかぐら」普請の、これだけ八畳程の小間《こま》だつた。トタン屋根で屋上に「いろは」の赤ガラスに白字を抜いた標識が掲げられてゐる。(大屋根のいろはも赤塗りに白の漆上彫りである。)
三階の増
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