や、来るとこは、此処より外に無いぢやねえか。よ、そんな意地の悪いことを言はないで、チヨイとでいゝから逢はしてくれよ。
お秋 あんたもくどいのね。居ないものは何と言つたつて居る筈が無いわ。――よしんば、居るにしたつて、あんたがそんなに初ちやんの尻を追廻すことなんぞありはしないぢや無いの。
杉山 わからねえ奴だなあ。俺が彼奴を捜すなあ捜す訳があつての事だ。よし、そんな事を言やあ、初子が俺の前に姿を現はすまで、二階でお邪魔をするぜ。
お秋 えゝ、えゝ、さうしてりやいゝわ。
杉山 後で引退《ひきさが》つてくれつちつたつて俺は知らんよ。いいな。
お秋 (返事をせず)(杉山再び二階に上る)
阪井 どうしたんだよ。今のは?
お秋 なあに、例のお初ちやんさ、あの人を追廻してゐる人なの。
阪井 だつてお前、お初ちやんは、あん時チヤンと話がきまつて、何とか言つた、あの――。
お秋 町田さんところで、一緒に暮してゐたんだわ。それを今の人が未だにしよつちう、うるさくするもんだから、町田さんの家を昨日飛び出したつて言ふのよ。
阪井 へえ。(間)
お秋 阪井さん、あんた組合の方へは行かないの?
阪井 行かない。行つたつて今の俺にや。――今夜此処へ泊めて貰ひたいと思つてゐるんだ。合宿へは行きたくねえから。
お秋 えゝ、それはいゝけど。
阪井 なに、ホンの寝るだけだ。商売の邪魔はしない。恵ちやんの部屋だつていゝ。
お秋 いゝのよ、そんなこと、居たいだけ居ていゝわ。
阪井 恵ちやんはまだ帰らないのか?
お秋 えゝ、まだ。
阪井 ほんとにお前も大変だなあ。
お秋 (いろんな意味の怒りを一緒にして顔を引きしめて)なんなの?
阪井 え? 何んだよ? どうしたんだよ?(短い間――お秋はその間に元の様になる)
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阪井二階へ行かうとして立上る。
お秋は阪井を見る。
[#ここで字下げ終わり]
お秋 あんたの死んだ妹さんは、あんたをうらんで死んだ。睨んで死んだわね。
阪井 ――?
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暫く見合つたまゝ立つてゐたが、阪井の方から階段口の方へ歩き出す。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から1字上げ]――幕――
(三)[#「(三)」は縦中横] 同じ場所
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夜更。
客は去つてしまつてガランとしてゐる。四十に近い女将は何かブツブツ言ひながら、店と奥との間
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