る。早く来てくれ、手が足りねえんだ。
仲仕一 よし、ぢや丸菱の親爺に口を利かせるな、行かう、おい、阪井君来てくれ、君が来てくれなけりや――
阪井 俺なんかを頼りにしないで、やつてくれ。
仲仕二 ま、ま、まだ言つてゐる! そんなお前、そんなお前――。
仲仕一 とにかく、阪井、誰が何と言つたつて君が来て喋つてくれないぢや、皆は何ともならないんだ。考へ直してくれ。俺達は先へ行くから、放つとけねえんだから、頼むぜ、頼んだぜ。
[#ここから2字下げ]
仲仕達急いで出て行く。間。
[#ここで字下げ終わり]
阪井 (それまでヂツト隅の椅子から自分を見詰めてゐたお秋に)――もう一杯。
[#ここから2字下げ]
お秋黙つて立つて酒を注ぐ。短い間。
[#ここで字下げ終わり]
お秋 阪井さん、あんた本当に行かないの?
阪井 ――何が?
お秋 ――私や、今迄そんなあんただとは思つてゐなかつた。(短い間)
阪井 俺だつて。――ま、そんな事はもう言つてくれるな。――何だか馬鹿に気が滅入つていけねえんだ。こんな男だらうよ。
お秋 弟なんぞは、あんたのことを、いつも何て言つてゐるか。――だのに、あんたは、皆をおいてきぼりにして、朝鮮へ行くと言つてゐる――。
阪井 俺はこんな片はだ。そして一人ぼつちだ。
お秋 一人ぼつち? ――さう一人ぼつち。(下を向いて)私はこんな淫売だから――。
阪井 なに? 何だつて? それがどうしたんだい。俺は自分の言つたことは忘れやしないよ。俺がシヤンとして働ける様になれば、お前を女房にすると言つた。今でもさう思つてゐる。
お秋 まつぴら。
阪井 なに?
お秋 まつぴらだわ。私はいつまでも淫売で結構。
阪井 さうか――まあ、いゝ。
[#ここから2字下げ]
表――即ち舞台奥を何か罵り騒ぎながら走り過ぎて行く多勢の人の足音、その音に、唯一人残つて眠つてゐた客が目をさましてキヨロキヨロするが、再び眠り込む。
[#ここで字下げ終わり]
お秋 おや、どうしたんだらう?(戸を開けようとする)――(同時に、二階から階段に音を立てゝ杉山が降りて来て、階段の昇り口に立つたまゝ)
杉山 おい、お秋さん。
お秋 (戸に手をかけたまゝ)え?
杉山 いゝ加減にもう出してくれてもいゝぢやねえか。
お秋 くどいわねえ、居ないと言つたら居ないのよ。
杉山 そんな事を言つたつて、彼奴が町田んとこに居なくなり
前へ
次へ
全41ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング