ね。早く来てくれ。俺達十人ばかりで、組合の方にやつと三百人ばかりの連中をかき集めたんだ。今ワイワイ言つてゐる。何か喋つてくれ、奴等にどしやう[#「どしやう」に傍点]骨を入れてやるのはお前で無きや出来ねえんだ。
阪井 そんな事を言ふな。今俺にはそんな元気は無い。今奴等の顔を見たつて俺には何も言へやあしない。
仲仕二 そ、そ、そ、そんなお前、そんないこぢ[#「いこぢ」に傍点]にならなくたつて。
阪井 いこぢ[#「いこぢ」に傍点]になつてゐるんぢや無いよ。俺は去年、この片手がウインチに、あんな事で喰ひ取られた時から、自分一人のいこぢ[#「いこぢ」に傍点]な根性なんか捨ててゐる。――そんなこつちや無いんだ。
仲仕一 しつかりしてくれ、しつかりしてくれ、君が、君がそんな風だつたら、俺達はどうなるんだ。それを考へてくれ! 君は、君つて男は、自分一人の阪井ぢや無えんだ。俺達の阪井だ。
阪井 ――今になつて君等はそう言《いふ》んだ。――俺の気持がこんなに押しつぶれつちまつてから。――ぢや言はう、この前の時も俺達は負けた。あん時、俺はたつた一人の妹を取られた。妹は俺をうらんで死んだ。勘辨してくれと俺が何度言つても、黙つて石の様に何も言はないで、俺を睨んだまゝ死んだ。あん時の顔が、あん時の妹の顔が――二三日前から、組合の連中の顔から俺を覗くんだ。俺をヂツと見るんだ――俺はさう思つた。これでおしまひだ。俺は奴等に何も言ふ資格が無い。誰かがその内に奴等の眼をさましてくれる。しかしそれはおれぢや無い。俺は途中からどつかへ落つこちる人間だ。沢山の俺みたいな人間が落つこちて、その後に来る奴が本当に皆の役に立つんだ。それは俺ぢや無い――。
仲仕一 だからよ、たゞさう言つてくれりやいゝんだ。俺の妹は俺をうらんで、俺を睨みながら死んだ。皆な自分の身内の者をそんな目に合はさない様にしつかりしろつて、さう言つてくれ。一時おくれりや一時の負けだ。丸《まる》二や山東《さんとう》や丸菱《まるびし》ぢやもう買収を始めてゐるんだぜ。奴等只でさへ腰がフラフラしてゐるんだ。
仲仕二 ぢれつてえな。おい、阪井君、君は。
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一人の仲仕が戸を突き飛ばす様にして入つて来る。
[#ここで字下げ終わり]
仲仕 おい大変だ、早く来てくれ、本部に手が廻つてもう帰らうとしてゐる連中が随分ゐる! 今、ワイワイ騒いでゐ
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