ぁいなんて云って行っちまって、忽ちコロリだ。自分だけは、さぞ良い気持だったろうさ。おらや、子供たちぁ、ポンと後にうっちゃられて、このザマだ、勘定合ゃあしねえ。
仲買 だども、へへ、その御亭主が恋しい時も、たまにゃあるずら? そうは薄情に云わねえもんだ。ハハ。(バスのクラクションの音近づく)
おかみ ハハハ、ハハ、さ、こっちい、へえってくんな。あの隅のカマスの下が、そうだがな。
仲買 ありがてえ、おらが出しやしょう。(ズカズカ、納屋に入って行き、その辺の農具などを、取りのける音)
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垣の外の街道を激しい音をたててバスが通り過ぎて行く。
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おかみ 一番のバスが行かあ。
仲買 この下だね?(云いながら、取りのけている)
おかみ ……ああ、鷲山の鈴の婆さまが通る。……(しかし鈴の音は聞えない)
仲買 え、なにかね?――(おかみ返事せず。離れた所を通り過ぎて行く鈴の音が微かに聞える)よいしょと、このカマスの下の、これだなあ? (返事なし)……これだべ?
おかみ ……いじらしい。
仲買 あんだよ?
おかみ 鈴鳴らして行かあ、鷲山の婆さまよ。
仲買 ああ、一日キチゲの? そうさ、よくまあ、飽きねえなあ、へへ。これだな、おかみさん?
おかみ ちょ、ちょっと待ってくれろ。……せがれに一度相談してからにしやす。考えて見ると、こんな事、良くねえかも知れねえ。
仲買 ど、どうしただよ急に? そんな、今更になって、そんな――税金は、じゃどうしるだね?
おかみ 税金はどうしればいいかわからんが――鈴の音聞いたらば、なにや知らん、死んだ亭主がおらをのぞいているような気がした。よすべ。すまんが、とんかく、せがれに相談した上で――
仲買 そうかね? だども、今更そんな――わからんなあ。
おかみ おらにも、よくわからんが、とにかく今日の所は、なんだけんど、引き取っておくんなし。
仲買 そうかね。そりゃまあ。……(口の中でブツブツ)
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鈴の音と下駄の音が行く。
自転車の音が後ろから近づき、ベルの音。
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娘 お婆さん、今日も行くのう?(笑い声)
そめ あい、これは――
娘 今に帰って見えるから、気い落さねえで、シッかりね。あたしは、これから町の洋裁学校。バイバイ!(ジリンジリンとベルを鳴らして追い抜いて去る)
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鈴の音と下駄の音。
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男の子 やいこら、キチゲばば――どけえ行くよ?
そめ わたしは、ちょっくら、あの――
男の子 どけえ行くよ? 云わねば、ここの橋通っちゃならんぞ。
そめ ちょっくら、あの、役場さ――
男の子 役場さ行って、なによしるだ? それ云え。云わねば、通さんぞ。
そめ そんな事云わんと、通しておくれんさい。
男の子 そんじゃ、ゼニよこせ。ゼニよこさねば通さんぞ。
そめ ゼニかな? そんなら……(帯の間からキンチャクを出し、サツを取り出して)はい、これあげやす。
男の子 (受取って)……ふん。
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おそめが急いで去って行く下駄と鈴の音。
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男の子 やい、なによ笑う――
そめ あい、良いお子だなし。(遠ざかる)
男の子 (その後ろ姿に向って)バカア! キチゲエばばあ!
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電話器のベルがジリジリ、ジリジリと鳴り、それから、ゴトンと椅子から立って、床の上をペタペタとスリッパで急いで行く人の足音。ガチャと受話器をはずす。
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吏員一 はいはい……はい、こちらは駒形村役場。はあ、ああ県庁の学務課で――……はい……はあ……はあ、はあ……そうでやすか……はあ……まだ配給になってないぶんの教科書……全部、ついたんですね? そりゃ、どうもお手数で。学校でも喜こぶでしょう。……はあ……直ぐ伝えときます。じかに、じゃ、その大坪書店の方へ伝票持って行けば、わかりますね?……はい……はい……どうもそりゃ、ありがとうがした。じゃ……(ガチャリと受話器をかけて)助役さん、足りなかった教科書が全部着いたそうです。
助役 そうか、そりゃよかった。こないだっから、校長さんにコボされて弱っていた。
吏一 久我さん――
吏二 (若い女)はい。
吏一 あんた、御苦労だが、ひとっ走り学校さ行って、そう云って来てくれないか。
助役 電話かけりゃ、よかろう。
吏二 学校の電話、故障で通じないんです、直ぐ私、行って参ります。(ゴトリと立ってパタパタ歩き、靴を突っかけて、土間をコトコト)
農夫 (のら声)配給のカリンサンの量目が、あんなに足りねえとあっちゃ、わしら、なんとしても困りやすからねえ、どうすりゃええか――
吏三 (三十位の男)だから、昨日も言ったように、そんな事を此処へ持ち込んで来られてもどうにも処置無えだから、その、あんたとこの実行組合にでも行ってだなあ――
農夫 行きやしたよ、サンザ、いくら行っても、受取る時に一々カンカンにかけて受取るわけじゃねえからつうので、へえ、スのコンニャクのと云うばかりでさ――
吏三 スのコンニャクか。弱ったなあ。(ガシガシと頭を掻く)
農夫 弱ったちったって、あんた方あ、頭あ掻いてりゃ済むが、わしら百姓に肥料が足りねえと、これ、命取りだからね。さればと云って、これ、どこへ訴えりゃええか、わからねえですからよ。
吏三 そいでも、川本さんよ、此処は村役場の世話係だかんねえ。カリンサンの事を訴えるちったってお前、……弱ったなあ。(コトコトと足音)ああ久我君、どこへ行くの?
吏二 学校。教科書が来たんですって。……(カタカタと歩いて、入口の押戸をギイと開ける。同時にコロコロと鈴の音)あら、又来た婆さま。そんな所に立ってねえで、おはいんなさい、さあ、よ。(相手を内に入れ、自分は出て行く。押戸がギイギイとゆれてしまる)
そめ はい、はい。(おじぎをしながら、受付台の方へ)
吏三 やあ、そうだっけ、今日は二十六日だった。どうも、こりゃ――
そめ 今日は、ええあんべえでございます。
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ていねいに頭を下げる。
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吏三 はい。(と、受けて)ええあんべえは、結構だけど、又来やしたかい?
そめ はい、あのう……私は、駒形村、字、鷲山の荒木源次郎の嫁のおかつの伯母で、ズーッと源次郎にかかりうどになっていやす、荒木そめと申します。ちょっくらお願いしたい事がありやして――
吏員 わかった。わかった。わかっていやす。
農夫 はあん、すると、これがシベリヤぼけの婆さまかなし? へえ、話にゃ聞いていたが――
そめ はい。シベリヤから、これが、あの……(と懐中から紙包みを出してガサガサ開く)このハガキがチャンとこうしてシベリヤから参りました。へえ、ごらんなして。チャンと末吉と、荒木末吉と、ここに書いてありやす。無事でチャンと働らいていますから、なんでやす、いろいろ、そちらさまでも御都合がお有りでやしょうけんど、どうぞこの、お願いでやす、早く帰してやってつかあされるように……いえ、ただ身体一つで帰してさえくだされば、それだけで結構でやすから、お願い申します。
吏三 そうら始まった。……婆さま、お前の云う事は、よくわかりやすけどねえ、毎月々々ここへ来て、そんな事云われてもだなあ、ここは村役場だかんねえ、どうしようも無えから――そらあ、二人っきりの息子が戦争に取られて二人とも戦死、したと思っていたら末の息子が捕虜になって生きていると知ったんだから、親の身としてお前みてえになる心持は、わかるけんどよ、ここに催促に来られてもだな、どうにも、へえ――
農夫 へへい、息子二人をなあ、ほかに子供は無えのか?
そめ はい、二人きりでやす。でも、なんでやす、お国のためでやすから、兄の久男だけは、しかたありゃせん、差し上げやす、末吉だけは、どうぞお返しなすって。はい亭主はとうに死にやして、後家で永らく苦労して育てて来た子でござります。末吉一人だけは、どうぞまあ、お返しくだされまし。
吏三 弱ったなあ。この調子で、夕方までブッ坐るんだから(農夫に)いやね、上の息子の時も、下の息子の戦死の公報が入った時も、チャンと諦らめを附けてビクともしなかったつうんだ。そこへ二年近く経っちゃってから、つまり、去年の五月頃のつまり二十六日に、死んだ筈の末の子からハガキが舞い込んだ。うれしくって、カーッとしちまっただなあ。そん時から、二十六日が来ると、その鈴さげて――鈴は、その二番目の息子が出征する時にオスワさんに武運長久のお詣りに行って受けて来た魔よけの鈴でね、婆さまにカタミに置いて行ったもんだつう。なんしろ、へえ、そん時以来、こうしてまあ、どっか[#「どっか」は底本では「どつか」]、まちがっちゃっただねえ。
そめ まちがっちゃ、おりませんです。チャンとこうしてハガキが二枚も参っておりやすから――
農夫 無理もねえ、無理もねえ、親一人子一人じゃねえか、無理ねえとも! 全体だなあ、ロシヤと云う国は、どうた国だな? そりゃ、こっちは[#「こっちは」は底本では「こつちは」]戦争に負けて捕虜になっただから、勝手を云えねえのはわかっているけどよ、いいかげん働かしたら、帰すだけは帰してくれたら、どんなもんだ――え? 三年も四年もつらまえて置いといて、どうする量見だ、いってえ? それに、なんだっつうじゃ[#「なんだっつうじゃ」は底本では「なんだっうじゃ」]ないかね、ロシヤでは、百姓だとか職工なんぞが大事にされて、つまり百姓なんぞの味方と云うか、そうた国がらだつうじゃないか。それがお前、こっちの百姓の子をだな、こんなえれえ目に逢わして筋が立つかなし?
吏三 おい川本さん、そんな大声出して、お前さんまでそんな――此処はソビエット大使館じゃねえだから。
農夫 だってよ、腹が立つからよ! なんてえ話のわからねえ連中だあ!
そめ (ハラハラして)いえ、あの、いいえ、そんな腹が立つなんて――腹なんぞ、まるでへえ、そんな――今まで末吉が生きていただけでも、なんとお礼を申してよいかわかりませんですから、そんな――どうぞまあ、ですから、この上のお願いに、どうか一日も早くお返し下さりまして――
農夫 見ろま、この人の姿を――ロシヤ人だって人間ずら!
吏員 困るよう、お前まで、そんな怒鳴り出しちゃ――お前はカリンサンの事で来たんじゃねえかい、そんな――
農夫 そうともよ! カリンサンにしても、この婆さまにしても同じこんだ。どうしてこねえに話のわからねえ奴ばっかり居るだい世の中には!(ドシンと受付台を叩く)
吏三 と、と! インキが飛びやすよう。そんなお前、カリンサンと婆さま、いっしょくたにして昂奮したって、だな――
助役 どうしたな?(奥から受付台の方へ歩いて来ながら)……やあ、おいで。
農夫 こりゃ、助役さんでやすかい。いえね、この婆さまの事に就てでやすね、あんまりキモが煮えるもんで――
助役 ああ又来てるな。(農夫に)いやあ、わしらもキモは煮えているんだ。問題はこの人だけじゃないからね。この村だけでも、ほかに、まだ引上げて来ないのが六、七人あるんだから。だから、世話部や引揚援護庁や、その他、司令部や大使館だのへ、それぞれ嘆願書や調査願など、出来るだけの手は尽してある。あっても、しかし、どうにもこれが相手のある仕事でなあ、相手がお前、ウンともスンとも返事をくれねえだから、当方としては、これ以上どうにも出来ないんだ。(おそめに)だからなあ、あんたも、そうヤキモキしてだな、此処へそうやって来てくれても、どうにも出来ねえだから、つらかろうが、もうチットしんぼうして、内で待っていてくだせえ。な! とにかく、息子さん生きているだけはチャンと生きているんだから、そこん所は安心してだ。なんしろ、へえ、シベリヤと此処じゃ、いくらヤキモキしても喧嘩にならないんだから、もっと落ちついてだなあ――
そめ よっぽど、その、シベリヤつうのは、遠いんでしょうか?
助役 そりゃ遠いなあ。何百、いや何千里かな――
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