鈴が通る
三好十郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)情《じょう》無し
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人間
そめ
かつ
かじや
さぶ
農夫
しげ
馬方
仲買
おかみ
娘一
男の子
吏員一
助役
吏員二
農夫
吏員三
吏員四
娘二
青年
女教師
旅の女
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どこかで鶏がトキを作っている。
[#ここで字下げ終わり]
かつ (なにかしながら)まったく、因果な事だよう。毎月毎月、二十六日になりさえすりゃ、夜の明けるのも待ちきれないように起き出してよ、こうして、よそ行きの着物着て、――ちょっくら[#「ちょっくら」は底本では「ちよっくら」]、そっち向きな、――まるで、へえ、娘っこが物見に行くみてえによ。よいしょと。さあ帯しめたぞ。(しめた帯のうしろをトンと叩く)はいキンチャク。六十円入れてあっからな、くたびれたらバス乗ってな、甘い物ほしくなったら、アメ玉でも買って食わっせえ。パアパアと人に呉れてやったりしたら、ダメだよ。わかったかよ?
そめ あい。
かつ 鼻紙は持ったなあ! と、これが下駄。(カタリと両方を合せてから、土間におろす)ホントにまあ世話が焼けると云うたら! 行かせねえと五日も六日もボーッとしてなんにも手が附かねえんだから、しかたが無え、行くのも良いけどよ、おらも源次郎も、なんぼ世間に恥かしいか知れないぞ伯母さん。
そめ あい。
かつ ちっ、なんにも聞いちゃいねえ。まあま、しよう無え。あい、ベントウだ。おひるになったらチャンと食べるだよ。
そめ おかつや、あの、鈴取っておくれ。仏壇だ。
かつ 又、鈴か、あれだけは忘れねえだなあ。しょうむ無え……(小走りに畳をふんで仏壇から小鈴の束を取って来る。コロコロという音)……そっちい向くだ。帯の横にこうして、ゆわえ附けて、と……早く帰って来るだよ。又、おそくなっても、今日は一日アゼ豆の植え込みで忙しいから迎えにゃ行かねえからな、あい、むすべた。
そめ そいじゃ、行って来やす。(歩き出す下駄の音と鈴の音)
かつ (その後ろ姿へ)人に何か聞かれたら、鷲山の荒木源次郎の嫁のおかつの伯母ですと、そんだけ云うだ。グジャグジャからかわれても相手になるでねえよ。いいかあ?
そめ (少し離れた所で歩きながら)あいよ。(部屋の中でそれまで眠っていた幼児が眼をさましてグズグズ泣きだす)
かつ 小僧、眼えさましたかよ?(部屋に入り、子供を抱き起す。子供泣きやむ)今日はバサマにお守りはしてもらえねえだから、おっ母あが、タンボに連れて行ってやるからな、おとなしくしろ。そら見ろ、バサマ、トットと行かあ。
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コロ、コロ、コロと鈴の音が遠ざかり消える。ゴーゴーゴーとフイゴの音。
金床のうえでチンカン、チンカンと鉄を叩く音。
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かじや (フイゴを押しながら)さぶ、鷲山の米八のマングワ、急ぐずら?
さぶ うん、是非今日中に頼むって云ってた。去年の秋でハンパになっていた山の開墾を、この春はどうでもおえるんだからと。
かじや そこにある、それがそうだべ、持って来う! そいから新助んとこのレーキを、おっくべろ。
さぶ ……(持って来たクワとレーキをガタンと置く)おいしょ。
かじや ついでにコークス、すこしくべろ、近頃のコークスぁどうしてこう火力が弱いんだか、まるで、へえ、オガクズみてえなもんだぞ、じょうぶ! これで一俵二百円からすんだからな。こんなエンフレエじゃ、俺ちみてえな野かじなんざ、たまったもんじゃねえぞ。まったく!(火の中に鍬の穂をザっと突っこみ、あと勢いよくフイゴを押す。そのゴーゴーと云う音の中に、遠くから鈴の音が入って来る……)
さぶ あゝ、鷲山のキチゲ婆さんが来た。
かじや あゝん?
さぶ 源次郎さんとこのよ、ほら。(鈴の音が近づく)
かじや へえ、するつうと、今日は二十六日かよ? 俺あ二十五日だと思っていたが――(鈴の音近づく)そうか、そんじゃ、山田の馬力の輪は、今日中にやっとかにゃならんな。堆肥ば山へ運ばんならんのが、たしか二十六日とか云ってた。
さぶ んじゃ、輪をはずしとくかな。
かじや うむ、(表を通りかかる鈴の音に向って)おそめさん、早いねえ、おそめさんよ? よくまあ、なんだ、根気の良いこんだなし。
そめ あい。……(足はとめないで通り過ぎて行く)
さぶ (それを見送りながら)だども、いい加減にあきらめたら、どうずらなあ、あの婆さまも。
かじや そこが親つうもんだ、なえ! キチゲなどと云うと罰が当るぞ。俺なざ、毎月の今日、あの婆さまが通るたびに、おふくろに孝行する気にならあ。(金テコで火の中から引き出した鉄を金床の上にコツンと置き)ありがてえもんじゃねえかよ!(それを金つちでチン、チンと叩く)ほら、来い!
さぶ だども、無駄な事だと思うがなあ。ヨイショと!(大金つちでドッチンと叩く)
かじや (チンと叩き)あにが無駄だ? そういう量見じゃ(ドッチン)ふつ、さぶなんぞ、いつまで経っても(ドッチン)ロクなかじやにゃなれねえて。(トンカン、トンカン、トンカンと次第に遠ざかり消える)
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鈴の音は続いて行く。
サクサクサクと畑の土を鍬がうなって行く音。
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農夫 (うなって行きながら)そんじゃ、しげ、ソロソロ苗運んで来るべし。
しげ あーい、やれ、どっこいしょ。(と、使っていた鍬をドンとわきに置く)
農夫 南がわの苗木から先に持って来るだぞ。札にノーリンと書いてあるやつだ。
しげ あい。あれま、荒木の婆さま、又行ってら。
農夫 ほう(鍬の手を休めて、見る)なんとまあイソイソして、まるで、へえ、娘っこが祭りにでも行くようなアンベエしきだ。
しげ 左様さ、あの婆さまにしてみりゃ、祭りに行くのと同じかも知れねえさ。なんぼか、なあ。そこい行くと、おらちなんぞ、つまらねえ、大事な息子は、もうちゃんと墓の下だかんなあ。(涙声)化けてでも出て来うと思うのに、久作の阿呆が、からっきし、夢枕にも立ちやがらねえ。
農夫 久作の事は言うな。物は考えようだ。荒木じゃ米の供出では、鷲山で一、二の成績で、それもあの婆さまがしっかりしているからだつうが、そのしっかりもんがよ、毎月々々その日が来ると、ああして取っつかれたようになって通って行かあ。つらかんべえ。まだこっちは、ハッキリ諦らめが附くだけ、ましかもわかんねえ。
しげ お前は男親だから、そう言うだ。おらなんぞ、あの婆さまがうらやましくなる事があらあ。阿呆な、ホントに、ホントに阿呆な戦争やらかしたもんだなあ! 大事な息子戦死させて、そいで、その後のここらの暮しがちっとは良くでもなる事か、まるでアベコベもアベコベも、一升の米で地下足袋一足も買えねえなんて、おっそろしい世の中になっちまってよ。腹が煮えら。息子の死んだな無駄死にだもん、東京の大臣さんたちゃ、どうた量見か聞いて見てえよう、まったく。
農夫 ほえるな、バカ。早く苗取って来う。百姓はタンボだ、理屈こねている暇あ無え。
しげ そうよ、涙あこぼしている暇も無えずらよ! お前はそうた情《じょう》無しだあ。
農夫 なにをこくだ、このアマあ! 行かねえと、ぶっくらわすぞっ!
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鈴の音と下駄の音がコトコト行く。
向うから馬力が近づいて来る音。
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馬方 (馬と共に歩きながら、軽い鼻歌)ハイ、イッサイコレワノ、パラットセと。鮎は瀬に住む、鳥ゃ木に止る、人は情のう――よう、婆さん、又行ってるなあ? どうだえ、ちったあ利きめがあるか、よ? へっへへ、(馬力の音が停る)ホントにお前、気が変なんかよ?(鈴の音がとまる)そうじゃあるめえ、キチゲのふりして、そうやってツラ当てに歩いてるだけずら?
そめ ……はい。(ビクビクしておじぎをしたと見えて鈴がちょっと鳴る)
馬方 ふだんの日は、ちっとも間ちがわねえでタンボ稼いだり子守してるつうじゃねえか? え、なんとか云えよ、どうだ、おらが誰だか、わかるかよ?
そめ あの、いつも村を通る馬方のしだ。
馬方 そうれ見ろ、わかるじゃねえか。ニセキチゲめ。いいかげんにするがええぞ。もうへえ、戦争から五年たってら。民主々義だぞ。誰にしたって出来た事は出来た事で、もうへえ、戦争の事は忘れちまってら。それをへえ、お前みてえにいつまでもだな、いえさ、息子を取られたり亭主を取られたり親父をとられたりした者は一杯いらあ、それがみんな諦らめて、忘れよう忘れようとしていら、なあ、――お前みてえに、そやってチラクラとだな、ツラ当てしられちゃ、たまったもんじゃねえじゃねえか!
そめ へい、すみませんです。(鈴がコロコロ)
馬方 ホントは、なんじゃねえのか、そやって歩きまわって闇米かつぎの仲人でも稼いでんじゃねえかよ? それとも税務署のドブさがしの手先でもつとめてるか?
そめ いえ、そんな――
馬方 ハハハハ、とんかく、いいかげんにしろって云う事よ。第一そうやってポーッとして眼え釣り上げていると、今にバスに引かれるか、馬に蹴られるぞ。こら、野郎あゆべ。(これは馬に言ったもの。馬が歩き出し、車がきしむ。歩き出しながら)気を附けろう!
そめ あい。
馬方 (馬力と共に遠ざかりながら)ハハ、ハッハハハ。こうら!(鼻歌のつづき)人は情のう淵に、住うむう。(歌いつつ消える)
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再び歩き出している下駄と鈴。
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仲買 ねえ、おかみさん、俺だって何もこうして朝っぱらから、駆けまわるの嫌だけんどよ、今度ばかりは金儲けの事はさておいて、どうしても二斗ばっかり集めてやらねえじゃ、取引先きに義理の立たねえわけが有ってなあ、ひとつ頼むから、たとい一升でも二升でもええから、分けてくれろや、頼んますよう。
おかみ 有るにゃ有るよ、五升でも六升でも。だども三百円ぱっちじゃ、まず、話になんねえなあ。内でも、今月二十六日の、あと四日か……ミソカまでにゃ税金払わねばならねえし、金の当ては無えだから、いずれなんか売らねばならねえだから――
仲買 んだからよ、頼んますよ、な! ええい、思い切った、もう五十両ふんぱつしようでねえか。こうなったら意地だ。
おかみ お前さま、そんな往来ばたに突っ立ってちゃ困るよ、こっちい、へえって来なせえ。近頃じゃ、この辺、組内でいながら駐在に云いつけたりする者がいるだ。人に見られると、うるせえ。
仲買 ほい来た。(自転車を引いて、木戸口へ行き、バタンと開けて庭場に入って行きながら)いやあ、全くなあ、そんなふうになっただかねえ。百姓は人が良いなんて云うのは、戦争からこっち夢のような話になっちゃっただなあ。
おかみ もっと、ちゃっけえ声で頼むよ。なあに、一つは、ヤキモチだ。よその内で、ちっとでもうまい事してるの見ると、たちまち眼を光らして、尾ひれをつけて云いふらすだ。(庭場を横切って行く。仲買も自転車を押してそれにつづく)闇売りの事ばかしじゃねえ。おらなぞ、こうして戦争後家ば立て通して三人の子育てるためにお前さん、まっ黒になってタンボ稼いでいるのに、人の気も知らねえで、やれ、町の男と話していただのなんのかんのと、とんでもねえ事云いふらすだ。
仲買 そうりゃ、まあ。――だども、そいつは、一つはおかみさんがそうやって綺麗でよ、それにまだそんな年じゃなしなあ、へへ、男が見りゃ、チョックラそんな事も云いたくなるずら。カンを立てるにもあたらねえとも、この――
おかみ なによ、アホな事言うだい、フフ、男なんざ、死んだ亭主でこりてら。
仲買 そうでやすかねえ?
おかみ そうでねえか? 無事でいる時ぁ、酒えくらって、なんとか云やあ町に出ちゃ変な女とジヤラジヤラしてよ、そいで戦争になると、自分一人で日本国ばひっちょったような血まなこになって、か、なら[#「なら」に「ママ」の注記]されたがよ、万才
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