買 ねえ、おかみさん、俺だって何もこうして朝っぱらから、駆けまわるの嫌だけんどよ、今度ばかりは金儲けの事はさておいて、どうしても二斗ばっかり集めてやらねえじゃ、取引先きに義理の立たねえわけが有ってなあ、ひとつ頼むから、たとい一升でも二升でもええから、分けてくれろや、頼んますよう。
おかみ 有るにゃ有るよ、五升でも六升でも。だども三百円ぱっちじゃ、まず、話になんねえなあ。内でも、今月二十六日の、あと四日か……ミソカまでにゃ税金払わねばならねえし、金の当ては無えだから、いずれなんか売らねばならねえだから――
仲買 んだからよ、頼んますよ、な! ええい、思い切った、もう五十両ふんぱつしようでねえか。こうなったら意地だ。
おかみ お前さま、そんな往来ばたに突っ立ってちゃ困るよ、こっちい、へえって来なせえ。近頃じゃ、この辺、組内でいながら駐在に云いつけたりする者がいるだ。人に見られると、うるせえ。
仲買 ほい来た。(自転車を引いて、木戸口へ行き、バタンと開けて庭場に入って行きながら)いやあ、全くなあ、そんなふうになっただかねえ。百姓は人が良いなんて云うのは、戦争からこっち夢のような話になっちゃっただなあ。
おかみ もっと、ちゃっけえ声で頼むよ。なあに、一つは、ヤキモチだ。よその内で、ちっとでもうまい事してるの見ると、たちまち眼を光らして、尾ひれをつけて云いふらすだ。(庭場を横切って行く。仲買も自転車を押してそれにつづく)闇売りの事ばかしじゃねえ。おらなぞ、こうして戦争後家ば立て通して三人の子育てるためにお前さん、まっ黒になってタンボ稼いでいるのに、人の気も知らねえで、やれ、町の男と話していただのなんのかんのと、とんでもねえ事云いふらすだ。
仲買 そうりゃ、まあ。――だども、そいつは、一つはおかみさんがそうやって綺麗でよ、それにまだそんな年じゃなしなあ、へへ、男が見りゃ、チョックラそんな事も云いたくなるずら。カンを立てるにもあたらねえとも、この――
おかみ なによ、アホな事言うだい、フフ、男なんざ、死んだ亭主でこりてら。
仲買 そうでやすかねえ?
おかみ そうでねえか? 無事でいる時ぁ、酒えくらって、なんとか云やあ町に出ちゃ変な女とジヤラジヤラしてよ、そいで戦争になると、自分一人で日本国ばひっちょったような血まなこになって、か、なら[#「なら」に「ママ」の注記]されたがよ、万才ぁいなんて云って行っちまって、忽ちコロリだ。自分だけは、さぞ良い気持だったろうさ。おらや、子供たちぁ、ポンと後にうっちゃられて、このザマだ、勘定合ゃあしねえ。
仲買 だども、へへ、その御亭主が恋しい時も、たまにゃあるずら? そうは薄情に云わねえもんだ。ハハ。(バスのクラクションの音近づく)
おかみ ハハハ、ハハ、さ、こっちい、へえってくんな。あの隅のカマスの下が、そうだがな。
仲買 ありがてえ、おらが出しやしょう。(ズカズカ、納屋に入って行き、その辺の農具などを、取りのける音)
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垣の外の街道を激しい音をたててバスが通り過ぎて行く。
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おかみ 一番のバスが行かあ。
仲買 この下だね?(云いながら、取りのけている)
おかみ ……ああ、鷲山の鈴の婆さまが通る。……(しかし鈴の音は聞えない)
仲買 え、なにかね?――(おかみ返事せず。離れた所を通り過ぎて行く鈴の音が微かに聞える)よいしょと、このカマスの下の、これだなあ? (返事なし)……これだべ?
おかみ ……いじらしい。
仲買 あんだよ?
おかみ 鈴鳴らして行かあ、鷲山の婆さまよ。
仲買 ああ、一日キチゲの? そうさ、よくまあ、飽きねえなあ、へへ。これだな、おかみさん?
おかみ ちょ、ちょっと待ってくれろ。……せがれに一度相談してからにしやす。考えて見ると、こんな事、良くねえかも知れねえ。
仲買 ど、どうしただよ急に? そんな、今更になって、そんな――税金は、じゃどうしるだね?
おかみ 税金はどうしればいいかわからんが――鈴の音聞いたらば、なにや知らん、死んだ亭主がおらをのぞいているような気がした。よすべ。すまんが、とんかく、せがれに相談した上で――
仲買 そうかね? だども、今更そんな――わからんなあ。
おかみ おらにも、よくわからんが、とにかく今日の所は、なんだけんど、引き取っておくんなし。
仲買 そうかね。そりゃまあ。……(口の中でブツブツ)
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鈴の音と下駄の音が行く。
自転車の音が後ろから近づき、ベルの音。
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娘 お婆さん、今日も行くのう?(笑い声)
そめ あい、これは――
娘 今に帰って見えるから、気い落さねえで、シッかりね。あたしは、これから町の洋裁学校。バイバイ!(ジリンジリンとベルを鳴らして追い抜いて去る)
[#
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