ならあ。(金テコで火の中から引き出した鉄を金床の上にコツンと置き)ありがてえもんじゃねえかよ!(それを金つちでチン、チンと叩く)ほら、来い!
さぶ だども、無駄な事だと思うがなあ。ヨイショと!(大金つちでドッチンと叩く)
かじや (チンと叩き)あにが無駄だ? そういう量見じゃ(ドッチン)ふつ、さぶなんぞ、いつまで経っても(ドッチン)ロクなかじやにゃなれねえて。(トンカン、トンカン、トンカンと次第に遠ざかり消える)
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鈴の音は続いて行く。
サクサクサクと畑の土を鍬がうなって行く音。
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農夫 (うなって行きながら)そんじゃ、しげ、ソロソロ苗運んで来るべし。
しげ あーい、やれ、どっこいしょ。(と、使っていた鍬をドンとわきに置く)
農夫 南がわの苗木から先に持って来るだぞ。札にノーリンと書いてあるやつだ。
しげ あい。あれま、荒木の婆さま、又行ってら。
農夫 ほう(鍬の手を休めて、見る)なんとまあイソイソして、まるで、へえ、娘っこが祭りにでも行くようなアンベエしきだ。
しげ 左様さ、あの婆さまにしてみりゃ、祭りに行くのと同じかも知れねえさ。なんぼか、なあ。そこい行くと、おらちなんぞ、つまらねえ、大事な息子は、もうちゃんと墓の下だかんなあ。(涙声)化けてでも出て来うと思うのに、久作の阿呆が、からっきし、夢枕にも立ちやがらねえ。
農夫 久作の事は言うな。物は考えようだ。荒木じゃ米の供出では、鷲山で一、二の成績で、それもあの婆さまがしっかりしているからだつうが、そのしっかりもんがよ、毎月々々その日が来ると、ああして取っつかれたようになって通って行かあ。つらかんべえ。まだこっちは、ハッキリ諦らめが附くだけ、ましかもわかんねえ。
しげ お前は男親だから、そう言うだ。おらなんぞ、あの婆さまがうらやましくなる事があらあ。阿呆な、ホントに、ホントに阿呆な戦争やらかしたもんだなあ! 大事な息子戦死させて、そいで、その後のここらの暮しがちっとは良くでもなる事か、まるでアベコベもアベコベも、一升の米で地下足袋一足も買えねえなんて、おっそろしい世の中になっちまってよ。腹が煮えら。息子の死んだな無駄死にだもん、東京の大臣さんたちゃ、どうた量見か聞いて見てえよう、まったく。
農夫 ほえるな、バカ。早く苗取って来う。百姓はタンボだ、理屈こねている暇あ無え。
しげ そうよ、涙あこぼしている暇も無えずらよ! お前はそうた情《じょう》無しだあ。
農夫 なにをこくだ、このアマあ! 行かねえと、ぶっくらわすぞっ!
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鈴の音と下駄の音がコトコト行く。
向うから馬力が近づいて来る音。
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馬方 (馬と共に歩きながら、軽い鼻歌)ハイ、イッサイコレワノ、パラットセと。鮎は瀬に住む、鳥ゃ木に止る、人は情のう――よう、婆さん、又行ってるなあ? どうだえ、ちったあ利きめがあるか、よ? へっへへ、(馬力の音が停る)ホントにお前、気が変なんかよ?(鈴の音がとまる)そうじゃあるめえ、キチゲのふりして、そうやってツラ当てに歩いてるだけずら?
そめ ……はい。(ビクビクしておじぎをしたと見えて鈴がちょっと鳴る)
馬方 ふだんの日は、ちっとも間ちがわねえでタンボ稼いだり子守してるつうじゃねえか? え、なんとか云えよ、どうだ、おらが誰だか、わかるかよ?
そめ あの、いつも村を通る馬方のしだ。
馬方 そうれ見ろ、わかるじゃねえか。ニセキチゲめ。いいかげんにするがええぞ。もうへえ、戦争から五年たってら。民主々義だぞ。誰にしたって出来た事は出来た事で、もうへえ、戦争の事は忘れちまってら。それをへえ、お前みてえにいつまでもだな、いえさ、息子を取られたり亭主を取られたり親父をとられたりした者は一杯いらあ、それがみんな諦らめて、忘れよう忘れようとしていら、なあ、――お前みてえに、そやってチラクラとだな、ツラ当てしられちゃ、たまったもんじゃねえじゃねえか!
そめ へい、すみませんです。(鈴がコロコロ)
馬方 ホントは、なんじゃねえのか、そやって歩きまわって闇米かつぎの仲人でも稼いでんじゃねえかよ? それとも税務署のドブさがしの手先でもつとめてるか?
そめ いえ、そんな――
馬方 ハハハハ、とんかく、いいかげんにしろって云う事よ。第一そうやってポーッとして眼え釣り上げていると、今にバスに引かれるか、馬に蹴られるぞ。こら、野郎あゆべ。(これは馬に言ったもの。馬が歩き出し、車がきしむ。歩き出しながら)気を附けろう!
そめ あい。
馬方 (馬力と共に遠ざかりながら)ハハ、ハッハハハ。こうら!(鼻歌のつづき)人は情のう淵に、住うむう。(歌いつつ消える)
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再び歩き出している下駄と鈴。
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