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鈴の音と下駄の音。
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男の子 やいこら、キチゲばば――どけえ行くよ?
そめ わたしは、ちょっくら、あの――
男の子 どけえ行くよ? 云わねば、ここの橋通っちゃならんぞ。
そめ ちょっくら、あの、役場さ――
男の子 役場さ行って、なによしるだ? それ云え。云わねば、通さんぞ。
そめ そんな事云わんと、通しておくれんさい。
男の子 そんじゃ、ゼニよこせ。ゼニよこさねば通さんぞ。
そめ ゼニかな? そんなら……(帯の間からキンチャクを出し、サツを取り出して)はい、これあげやす。
男の子 (受取って)……ふん。
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おそめが急いで去って行く下駄と鈴の音。
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男の子 やい、なによ笑う――
そめ あい、良いお子だなし。(遠ざかる)
男の子 (その後ろ姿に向って)バカア! キチゲエばばあ!
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電話器のベルがジリジリ、ジリジリと鳴り、それから、ゴトンと椅子から立って、床の上をペタペタとスリッパで急いで行く人の足音。ガチャと受話器をはずす。
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吏員一 はいはい……はい、こちらは駒形村役場。はあ、ああ県庁の学務課で――……はい……はあ……はあ、はあ……そうでやすか……はあ……まだ配給になってないぶんの教科書……全部、ついたんですね? そりゃ、どうもお手数で。学校でも喜こぶでしょう。……はあ……直ぐ伝えときます。じかに、じゃ、その大坪書店の方へ伝票持って行けば、わかりますね?……はい……はい……どうもそりゃ、ありがとうがした。じゃ……(ガチャリと受話器をかけて)助役さん、足りなかった教科書が全部着いたそうです。
助役 そうか、そりゃよかった。こないだっから、校長さんにコボされて弱っていた。
吏一 久我さん――
吏二 (若い女)はい。
吏一 あんた、御苦労だが、ひとっ走り学校さ行って、そう云って来てくれないか。
助役 電話かけりゃ、よかろう。
吏二 学校の電話、故障で通じないんです、直ぐ私、行って参ります。(ゴトリと立ってパタパタ歩き、靴を突っかけて、土間をコトコト)
農夫 (のら声)配給のカリンサンの量目が、あんなに足りねえとあっちゃ、わしら、なんとしても困りやすからねえ、どうすりゃええか――
吏三 (三十位の男)だから、昨日も言ったように、そんな事を此処へ持ち込んで来られてもどうにも処置無えだから、その、あんたとこの実行組合にでも行ってだなあ――
農夫 行きやしたよ、サンザ、いくら行っても、受取る時に一々カンカンにかけて受取るわけじゃねえからつうので、へえ、スのコンニャクのと云うばかりでさ――
吏三 スのコンニャクか。弱ったなあ。(ガシガシと頭を掻く)
農夫 弱ったちったって、あんた方あ、頭あ掻いてりゃ済むが、わしら百姓に肥料が足りねえと、これ、命取りだからね。さればと云って、これ、どこへ訴えりゃええか、わからねえですからよ。
吏三 そいでも、川本さんよ、此処は村役場の世話係だかんねえ。カリンサンの事を訴えるちったってお前、……弱ったなあ。(コトコトと足音)ああ久我君、どこへ行くの?
吏二 学校。教科書が来たんですって。……(カタカタと歩いて、入口の押戸をギイと開ける。同時にコロコロと鈴の音)あら、又来た婆さま。そんな所に立ってねえで、おはいんなさい、さあ、よ。(相手を内に入れ、自分は出て行く。押戸がギイギイとゆれてしまる)
そめ はい、はい。(おじぎをしながら、受付台の方へ)
吏三 やあ、そうだっけ、今日は二十六日だった。どうも、こりゃ――
そめ 今日は、ええあんべえでございます。
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ていねいに頭を下げる。
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吏三 はい。(と、受けて)ええあんべえは、結構だけど、又来やしたかい?
そめ はい、あのう……私は、駒形村、字、鷲山の荒木源次郎の嫁のおかつの伯母で、ズーッと源次郎にかかりうどになっていやす、荒木そめと申します。ちょっくらお願いしたい事がありやして――
吏員 わかった。わかった。わかっていやす。
農夫 はあん、すると、これがシベリヤぼけの婆さまかなし? へえ、話にゃ聞いていたが――
そめ はい。シベリヤから、これが、あの……(と懐中から紙包みを出してガサガサ開く)このハガキがチャンとこうしてシベリヤから参りました。へえ、ごらんなして。チャンと末吉と、荒木末吉と、ここに書いてありやす。無事でチャンと働らいていますから、なんでやす、いろいろ、そちらさまでも御都合がお有りでやしょうけんど、どうぞこの、お願いでやす、早く帰してやってつかあされるように……いえ、ただ身体一つで帰してさえくだされば、それだけで結構でやすから、お願い申します。
吏三 そうら始まった。……婆さ
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