ま、お前の云う事は、よくわかりやすけどねえ、毎月々々ここへ来て、そんな事云われてもだなあ、ここは村役場だかんねえ、どうしようも無えから――そらあ、二人っきりの息子が戦争に取られて二人とも戦死、したと思っていたら末の息子が捕虜になって生きていると知ったんだから、親の身としてお前みてえになる心持は、わかるけんどよ、ここに催促に来られてもだな、どうにも、へえ――
農夫 へへい、息子二人をなあ、ほかに子供は無えのか?
そめ はい、二人きりでやす。でも、なんでやす、お国のためでやすから、兄の久男だけは、しかたありゃせん、差し上げやす、末吉だけは、どうぞお返しなすって。はい亭主はとうに死にやして、後家で永らく苦労して育てて来た子でござります。末吉一人だけは、どうぞまあ、お返しくだされまし。
吏三 弱ったなあ。この調子で、夕方までブッ坐るんだから(農夫に)いやね、上の息子の時も、下の息子の戦死の公報が入った時も、チャンと諦らめを附けてビクともしなかったつうんだ。そこへ二年近く経っちゃってから、つまり、去年の五月頃のつまり二十六日に、死んだ筈の末の子からハガキが舞い込んだ。うれしくって、カーッとしちまっただなあ。そん時から、二十六日が来ると、その鈴さげて――鈴は、その二番目の息子が出征する時にオスワさんに武運長久のお詣りに行って受けて来た魔よけの鈴でね、婆さまにカタミに置いて行ったもんだつう。なんしろ、へえ、そん時以来、こうしてまあ、どっか[#「どっか」は底本では「どつか」]、まちがっちゃっただねえ。
そめ まちがっちゃ、おりませんです。チャンとこうしてハガキが二枚も参っておりやすから――
農夫 無理もねえ、無理もねえ、親一人子一人じゃねえか、無理ねえとも! 全体だなあ、ロシヤと云う国は、どうた国だな? そりゃ、こっちは[#「こっちは」は底本では「こつちは」]戦争に負けて捕虜になっただから、勝手を云えねえのはわかっているけどよ、いいかげん働かしたら、帰すだけは帰してくれたら、どんなもんだ――え? 三年も四年もつらまえて置いといて、どうする量見だ、いってえ? それに、なんだっつうじゃ[#「なんだっつうじゃ」は底本では「なんだっうじゃ」]ないかね、ロシヤでは、百姓だとか職工なんぞが大事にされて、つまり百姓なんぞの味方と云うか、そうた国がらだつうじゃないか。それがお前、こっちの百姓の子をだな、こんなえれえ目に逢わして筋が立つかなし?
吏三 おい川本さん、そんな大声出して、お前さんまでそんな――此処はソビエット大使館じゃねえだから。
農夫 だってよ、腹が立つからよ! なんてえ話のわからねえ連中だあ!
そめ (ハラハラして)いえ、あの、いいえ、そんな腹が立つなんて――腹なんぞ、まるでへえ、そんな――今まで末吉が生きていただけでも、なんとお礼を申してよいかわかりませんですから、そんな――どうぞまあ、ですから、この上のお願いに、どうか一日も早くお返し下さりまして――
農夫 見ろま、この人の姿を――ロシヤ人だって人間ずら!
吏員 困るよう、お前まで、そんな怒鳴り出しちゃ――お前はカリンサンの事で来たんじゃねえかい、そんな――
農夫 そうともよ! カリンサンにしても、この婆さまにしても同じこんだ。どうしてこねえに話のわからねえ奴ばっかり居るだい世の中には!(ドシンと受付台を叩く)
吏三 と、と! インキが飛びやすよう。そんなお前、カリンサンと婆さま、いっしょくたにして昂奮したって、だな――
助役 どうしたな?(奥から受付台の方へ歩いて来ながら)……やあ、おいで。
農夫 こりゃ、助役さんでやすかい。いえね、この婆さまの事に就てでやすね、あんまりキモが煮えるもんで――
助役 ああ又来てるな。(農夫に)いやあ、わしらもキモは煮えているんだ。問題はこの人だけじゃないからね。この村だけでも、ほかに、まだ引上げて来ないのが六、七人あるんだから。だから、世話部や引揚援護庁や、その他、司令部や大使館だのへ、それぞれ嘆願書や調査願など、出来るだけの手は尽してある。あっても、しかし、どうにもこれが相手のある仕事でなあ、相手がお前、ウンともスンとも返事をくれねえだから、当方としては、これ以上どうにも出来ないんだ。(おそめに)だからなあ、あんたも、そうヤキモキしてだな、此処へそうやって来てくれても、どうにも出来ねえだから、つらかろうが、もうチットしんぼうして、内で待っていてくだせえ。な! とにかく、息子さん生きているだけはチャンと生きているんだから、そこん所は安心してだ。なんしろ、へえ、シベリヤと此処じゃ、いくらヤキモキしても喧嘩にならないんだから、もっと落ちついてだなあ――
そめ よっぽど、その、シベリヤつうのは、遠いんでしょうか?
助役 そりゃ遠いなあ。何百、いや何千里かな――
前へ
次へ
全9ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング