)……迷惑と言いますと?
私 だって君は、三人も人を……なにしたんだぜ?
須永 え?
私 つまり……殺した。
須永 三人じゃありません。僕が殺したのは一人です。
私 ……だって、その、あい子さんの父親と母と米屋の青年と。
須永 ……すると米屋なんですか、あれは?
私 ……[#「 ……」は底本では「……」]やっぱりそうだろ?
須永 ……(考えていたが)それなら四人です。いや……やっぱり一人です。
私 三人とハッキリ書いてある。
須永 いえ、一人です。でなければ四人です。
私 すると……ほかに……その一人と言うのは?
須永 あい子です。
私 だって、あい子さんは病気で亡くなったんだろう?
須永 いや、僕が殺しました。……殺したのは僕です。
私 ……よくわかるように話してくれるわけには行かないかな?
須永 ……あい子と僕は山中湖へ行って一緒に死ぬことになっていたんです。そう約束して、薬も手に入れ、金も作り、汽車の切符も買ってその次ぎの日の朝出かけることになっていたんです。その晩おそく別れて、朝になったら、あい子は一人で薬をのんで自殺してたんです。
私 そうか。……でも、しかし、どう言う?
須永 僕にもわかりませんでした。次ぎの日には山で一緒になにする事になっているのに、どうして自分だけ、僕を残して……それ、いろいろ考えました。……やっぱり、僕が殺したんです。
私 ふうむ。……
須永 聞いてくれますか?
私 聞かしてくれ。
須永 僕とあい子は去年から仲良くなっていました。あい子は僕以外の男性はもう全く考えられないと言います。僕もそうでした。しかし肉体関係は無かったんです。接吻だけは、六度ばかりしました。しかしそれ以上のなにはイヤダと、あい子は言うんです。僕はあい子の身体も欲しいので、要求すると、泣いて、そうしないでくれと頼むのです。そいで、そのままでズーッと来て、そして一緒に死のうと言うことにして、ですから、僕あ、二人で死ぬ前に一晩だけ過して、ホントの夫婦になって、そいで死のうと言ったんです。あい子もそれを承知して、行くことになって、そいでその前の晩に一人で死んじゃったんです。……その、ホントの夫婦になると言う事、つまり肉体関係が、あい子にはイヤだったらしいんです。
私 しかし、そのために死ぬというほどの――?
須永 僕もそう思ったんです。今でも、そんな事があるだろうかと、よくわかりません。……しかし、あい子にはどこか、そういう性質がありました。こいつは、気ちがいじゃないだろうかと思った事が、一二度あります。そういう意味では僕には、どこか、わかるんです。じかにあい子を、よく知らないあなたには、わからんと思います。
私 ……。しかし、あい子さんのお父さんやお母さんや米屋をなにしたのは、どう言う――?
須永 それは僕にもよくわかりません。……あい子を殺してから、僕も生きてはおれないもんですから、薬をのんだんですけど、たくさん飲みすぎて吐いたりしてグズグズしてたんです。……そいでその間、毎日あい子の内へ行ってたんです。なんか、そこにまだ、あい子が居るような気がして。……それに、あい子のお母さんが、あい子にとても似てるもんで、なつかしいような気がして。そいで、そのお母さんも僕の顔を見るのが、うれしいようなもんで……もっとも、時々、あい子だけ一人で死なしといて、あんたが殺したくせに、いつまでもどうして生きている、どうして後を追って死んで、つまり心中してくれないんだ、と言ったような――いえ、口に出して言やあしないんですけど、そんなような眼をして僕を見ました。……それが辛いんです僕には。辛いんですけど、その辛いのが、何か良い気持なんです。そいで毎日、社の帰りに寄って、あい子の仏前にボンヤリ坐っていました。……今日は社が公休なんで朝行く気になって行きますと、あい子のお父さんが内に居て、応接室に通されました。実はあい子の実の父ではなくて、あい子が七つの時にお母さんの連れ子でかたづいて来たそうです。あい子のお父さんは以前、参謀本部詰めで、特務機関の関係で上海などによく出かけていた中佐です。終戦後、陸軍の用地だった方々の土地の払い下げ問題の世話焼きと言うか、そう言う事の委員やなんかやって、相当金ももうかるようで、その金を土台にして、もとの軍人などを集めて一種の国民運動組織のようなものを拵えているようでした。……その時も、そんなような客が二人ばかり来て、十個師団ぐらいではどうしようも無いとか、飛行機はどうするんだとか、再軍備の話をしてました。僕は黙って聞いていたんですが、話の内容はよくわからないし、興味もありませんでした。……そのうち、その客が帰って僕と二人っきりになると、お父さんがいきなり、どう言う量見で君はいつまでも此の家に来るのかと言うんです。僕、答えられないで黙っていますと、実に女々しい不愉快きわまる、今後来るのはことわる、そう言ってニヤニヤして、テーブルの引出しからピストル取り出して、又来たら、これで射殺すると、僕にねらいを附けるような恰好をして、又笑いました。……それ見ていて僕は、とても悲しくなりました。寂しい……とても、悲しくて、泣きたくなったんです。そいで、もう帰りたまいと言って向うを向いてしまったんです。その後姿を見ていて僕は、この人と自分とは、いっしょに生きてはおれないと言う気がヒョッとしたんです。一瞬間もいっしょの空気を呼吸して……いや、気がしたんじゃなくて、その時、一刻もいっしょに生きてはおれなかったんです。そいで……僕は自分のバンドをはずし、後から行って、首をしめた、ようです、ハッキリおぼえていません。(自分の上衣のすそをめくって、ズボンのバンドの所を覗く。バンドは無い)……非常に簡単に、あの、身体がやわらかになって――死んだんですか、じゃ?
私 …………(答え得ない。ただ微かにうなずく)
須永 ……そいから外へ出て来たんです。出る時にお母さんが変な顔をして出て来たので、なんか僕は言おうとしたら、ピストルが鳴りました。お父さんのピストルを――そんとき僕をおどかしたそのピストルを僕は掴んじゃっていたんです。自分で気が附かないでいました。バンと鳴って、お母さんが何か言って倒れたので、これはいかんと思って、あわを喰って、台所の方から出ようとすると、そこに兵隊が立って僕を睨んでいるんで、カッとなって、撃ちました。……ありゃ米屋なんですか?
私 ……(うなずいて)……スッカリ復員の時の兵隊服着てたって書いてある。
須永 そうですか。……
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(間……)
[#ここで字下げ終わり]
私 そいで、君はどうするの?
須永 どうすると言いますと?
私 その――これからさ?
須永 これからと言いますと? 別に僕あ――(虚脱したように弱々しい眼で、その辺を見まわす)
私 そいで、その、あい子さんの家を出てから、此処に来るまでどこに行ってた?
須永 あちこち、別にどこと言って……そうです、上野の美術館に寄りました。興福寺の阿修羅が出ています――あなたがいつかいっていられた――あれを見たり。
私 ……警察に行くことは考えなかったかね?
須永 考えないわけではありませんけど――
私 君は人を殺した。……人を殺すのは、いけない事じゃないかね?
須永 それは知っています。……でも、しかたがなかったんです。
私 しかたが無い? そう、しかたがないと言えば、なかったかもしれん。でも、悪いことは、やっぱり悪い。
須永 ええ、悪いです。……でも、善いことと言うのは、なんですか?
私 そりゃ君……(言葉につまる)
須永 戦争の時は、敵を殺すのは善い事なんでしょう?
私 …………(答え得ない)
須永 いえ、僕は自分のした事が善い事だなんて言う気はまるでありませんから、屁理屈を言おうとしてるんじゃありません。いけないのは僕です。でもホント言うと、何が善くて何が悪いか、僕にはまるっきり、わからないもんですから。――
私 ……(額に油汗が光っている)しかし、しかしだね……(あえぐ)その、逆にだな、君が人から、いきなり殺されたら、君、イヤだろう?
須永 そんな事はありません。いつ殺されてもいいです。……僕はもう、とうに死んでいるかも知れないんですから。
私 (歯をガリガリと鳴らして)僕は冗談を言ってるんじゃない。
須永 僕も冗談言ってるんじゃありません。弱ったなあ。(私が怒っているらしいのに、ホントに弱っている)……いつ死んでもいいんです、これで。(とポケットに触ってみせる)あなたに撃ってもらってもいいんです。
私 須永君。……(ガタガタと手がふるえている)
須永 弱ったなあ。……あのう、御迷惑なら僕あ出て行きます。ですから……いえ、あなたとモモコさんに逢いたかったもんですから。……あなたの事を僕はズーッと尊敬していました。たった一人、あなただけを尊敬してたんです。それが、今夜来てあなたを見たら、なんですか、まるきり、尊敬しなくなっちゃってる自分に気が附きました。どう言うのか、僕にもわかりません。尊敬じゃない、もう。……軽蔑しちまってるんです。いえ、軽蔑と言っちゃ、なんですけど、その、あわれなような気がします。あなたが、なんか可哀そうなような――そうです。そいで、やっぱしあなたが好きです。(女のような微笑)……あなたには、わかっているんだ。あなたは、わからないと自分で思ってるけど、そう言っているけど、ホントは、あなたは、僕のことは、わかってるんですよ。……あなたも死にかけているんだ。だから、ホントにあなたは生きているんです。あなたは奥さんを亡くしてるんです。僕はあい子を亡くしたんです。殺した。……そうなんだ、あなたも奥さんを殺したんだ。……そいで生きているんです。同じです。……(全く熱のこもらないウワゴトのような調子になって行く。私は冷たい汗を垂らし、手はほとんど虚空をつかまんばかりに握りしめられている)
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(そこへヒョイとフルートの音が起る。
次ぎの室の人々の中に立った桃子が、フルートの吹き口を唇に持って行っている姿。その細い腰をしっかりと抱いた柳子の白い手が、ハッキリ遠くから見えるほどブルブルふるえている。……
須永がフルートの音を耳にとめ、椅子を立ってユックリそちらへ行き、板戸の前にチョッと立ってから、板戸をスッと開けて、そこの八人を認め、それから私の方を振返って見てから、ユックリと次ぎの室へ入って行く。眼は桃子を見ている。私の室は暗くなる)
[#ここで字下げ終わり]
12[#「12」は縦中横] 次ぎの室
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(そこに居る八人の人たちは、それまで板戸の隙間から洩れる光に沿って立っていたので、知らぬ間に、やや半円を描いた一列に並んでいる。それが一種の恐怖のようなもので動けなくなって、墓場から起き出して来た者を迎えるように須永を見迎える。ふだんのままであるのは桃子だけ。
須永は桃子に視線を向けて入って来るが、一同がだまりこんで並んでいるので少し気押され、いぶかるような、はにかむような態度で、ソロソロ歩き、並んだ順にユックリと眼を移して行く。
舟木、織子、省三、浮山、桃子、柳子、若宮、房代のそれぞれが、須永から見られて次々と各人各様の表情と態度を示す)
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舟木 …………(眼をすえてジッと須永を見る。それはハッキリと医者の眼である)
須永 ……(舟木の眼から引きとめられてしばらくそれを見ていてから、薄く微笑して)ええ。すこし頭が痛いんです。
舟木 ……須永君。
須永 舟木さん、あなたはお医者です。あなたの考えていらっしゃる事はわかります。……たしかに僕は病気かもしれません。
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(そう言って、一歩進んで織子を見る)
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織子 …………(ああと口の中で言い、同時に膝まずき、須永に向って頭を垂れ、握りしめた両手をアゴの所に持って来て、唇をふるわせつつ何かささやきはじめる)
須永 …………(ポカンと見ていたが、相手が祈っていることを理解
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