ぱし逆さまにブランと三人も四人もさがっていて、その中の一人の人は、着物を全部ダランとぬいで垂れてる。よく見たら、みんなそれがその人の皮なの。皮をスッカリ脱いじゃって、それを、やっぱし自分の手でつかんでぶらさがってるの。……おかしくなっちゃった。……(童話でも語るように言う)
須永 ……そいでモモコさんの眼、見えなくなったの?
モモ ううん、そいから病気になったの。白血球と言うのがドンドンふえるんだって。そいから、おなかが、こんなにふくらんで、そして砂糖をウンとなめさされて、そして、しまいに眼が見えなくなっちゃった。
須永 ……又見えるようになりたくない?
モモ そうね、大して。
須永 でも、いろんなもの見たいだろう?
モモ いろんなものって、どんな?
須永 そりゃ、お星さんだとか人間だとか鳥だとか木だとか、そんなような――
モモ そうね、お星さんや木なんぞは見たいけど、人間は見たくない。
須永 なぜ?
モモ なぜだか。
須永 僕も人間は見たくない。
モモ なぜ?
須永 なぜだか。
モモ 人まね!
須永 ハハハ。
モモ お月さん、まだ出ない?
須永 出てないよ。出るの?
モモ ゆんべも出たから、今夜ももうちょっとすると出るわ。
須永 お月さんの出たのが、しかしどうしてわかるモモちゃんに?
モモ わかるわ。(額のわきの方を指でおさえて)このへんがボーッと明るくなる。
須永 ……モモコさん、裸になって僕に見せてくんないかな?
モモ 裸? あたしが?
須永 うん。着物をすっかりぬいで。
モモ (笑って)それをベロンと手の先にぶらさげて?
須永 そんな――ホントに見たいんだ。
モモ どうして?
須永 どうしてだか。とっても見たい。
モモ カマキリみたいよ、あたしの身体なんか。
須永 見せてくんないかなあ。
モモ はずかしわ。
須永 ねえ、お願い!
モモ どうしてそんなこと言うの? 須永さん、今日は変よ。いつもと、まるでちがう。
須永 どんなふうにちがうの?
モモ ユウレイみたい。
須永 ……馬鹿言ってらあ。
モモ 須永さん、三階の先生んとこに、何を教わりに来るの?
須永 うん、芝居のことやなんか――いや、もっと大事な、いろんな。
モモ えらいの、あの先生?
須永 えらい。そいで、こわい。……いや、かった。今日来て見たら、えらくも、こわくもない。なんだか、かわいそうになった。
モモ そうよ。かわいそうよ先生。……亡くなった先生の奥さん、キレイな人?
須永 うん、キレイだった。
モモ 柳子おばさん、キレイ?
須永 キレイだ。
モモ どっちがよけいキレイ?
須永 ……どうしてそんな事言うの?
モモ どうしてって?
須永 先生の奥さんは死んじゃって、柳子さんは生きてる。
モモ ハハ、ほんとうだ、ホホ!
須永 ……(桃子の顔を穴のあくほど見つめている。その末に自分も微笑して)モモちゃんは、死ぬことなど考えたことある?
モモ 死ぬこと? ううん、考えたこと無い。
須永 そいじゃ、死にたくないと思う?
モモ ううん。たくないとは思わないわ。
須永 死にたいとは?
モモ ううん、思わない。
須永 じゃ、生きていたいのね?
モモ ううん、別に。そんなこと考えたこと無い。おんなしだもの。
須永 おんなし?
モモ わからないの、あたしには。……あら、誰か昇って来る。(耳をすます)
須永 ……(これも耳をすましていてから)誰も来やあしないさ。
モモ もう下へ降りましょうか?
須永 もういっときいよう。
モモ だって須永さん、先生とお話なさるんじゃないの?
須永 うん。……でも今日は僕あモモコさんと遊びに来たんだから。
モモ 遊ぶって?
須永 ……だから、裸になって、見せてくんないかなあ。
モモ フフ。
須永 なにもかも、僕には嘘のような気がするんだ。小さい時から、そうなんだ。そこらの物も、人も、まわりのものが、なんかしらん、ホントでない、ホントの事は、もっと別の所にチャンとして在るような気がする。僕がホントに居なきゃならんのは、その、別の所で、そいで、だから、此処に自分がこんなふうにして居るのは、まちがっているような。そう言う気が年中するの。
モモ わからないわ。
須永 モモコさんと一緒にいると。そんな気がしなくなるんだ。
モモ そう? どうしてかしら?
須永 そいから又、いや、そうだからだと思うけど、今自分が見たり聞いたりしてる事は、同じ事を、それとソックリ同じことを、いつか何度も何度も見たり聞いたりした事なんだ。そういう気がしょっちゅうする。
モモ うん、そう! それは、あたしも、そういう気がする事あるわ。ピカドンだって、広島でじゃなくって、もっとズーッと以前に何度も何度も私、見たことがある。いえ、あのピカッとした中で、ああそうだっけ、なんかこんな事が、これまでに何度も何度もあったっけ、そう私、思ったような気がするわ。
須永 だろう? だからさ……だから、見せてくれないかなあ、裸になって。
モモ 見せたげようか、んじゃ?
須永 お願い!
モモ じゃ、これ持ってって。(フルートを須永に渡し、ズボンのバンドに手をかける)
柳子の声 (下から)モモちゃん! モモちゃん! 降りていらっしゃい! モモちゃん!
モモ (手をとめて)ほら、やっぱし、柳子おばさんが来た。
須永 いいからさ。
モモ だって……しかられちゃう。また、こんだ。
柳子の声 (すこしあがって来て)モモちゃん! さあ、もう、降りていらっしゃい! モモちゃん!
モモ はあい!
11[#「11」は縦中横] 私の室と次ぎの室
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(私の室では、私と須永が椅子にかけて話している。その次の室――と言っても、以前は物置に使っていた室が焼夷弾を食って屋根も壁も飛んでしまって床板にも大穴のあいたままの場所の、私の室とのしきりの板戸の隙間からもれてくるひとはばの光の中に、桃子をしっかり抱いた柳子、それから房代、織子、舟木、浮山、若宮、省三が、群像のように動かず、私の室からの話声に聞き入っている)
[#ここで字下げ終わり]
私 (もうかなり話して来たあと)……いや、私の言っているのは、そんな事じゃ無いんだ。
須永 (静かで、昂奮のあとはない)……ですから、あい子は、もしかすると自分でも気が附いていないと思うんです。
私 あい子?
須永 ああ、まだ言ってませんでした。あい子と言うのが本名なんです。本名で芝居などしてはいけないと家で言われて、ミハルと言うのは、劇団はじめる時、僕が附けてやった芸名です。ホントは魚のアユの鮎子です。
私 いやいや、私の聞いているのは、そんなことじゃない。
須永 ですから……その、あい子はまだ自分が死んだんだという事を自分で気が附かないでいるんじゃないかと思うんですよ。僕にはそんな気がするんです。
私 君の言っている事は僕にはわからない。
須永 そうですか? でもあなたは、奥さん亡くされて、そうは思わないんですか? 奥さんはご自分が死んだという事をまだ知らないでいられるんじゃないか? そう言った、つまり……いや、そうですねえ、あい子や奥さんだけでなくです。死んだ人はみんな――いや、こうして生きている僕らも、実はもう死んじまっているのに、それに気が附かないで、平気でノコノコ歩いたり物を食ったりしている。そうなんです。そうじゃないかと思うんです。
私 …………
須永 人間は原子爆弾を発明しちゃったんです。人間が築きあげて来た科学が自然にそういう所まで来てしまって、そいで原子力が人間の自由になってしまったんです。もう後がえりする事は出来ないんです。見てはいけないものを見てしまったんです。物質の一番奥の秘密のようなものを――神さまだけしか知ってはならないものを、人間は知ってしまったんです。そいで、ですから、広島に最初に原子爆弾をおっことした人は――又は、おっことす事を決定した人は、その人は、人間がしてはならない事をしてしまったんですよ。神さまでなければしてはならない事を、やっちゃった、つまり、踏み越えてはならない線を向うへ一歩、犯してしまったんです。……いえ、僕はその人をとがめようとしているんじゃありません。僕にはとがめる資格はありません。それに、どうせ人間は原子力の秘密を握ってしまったんですから、おそかれ早かれ誰かが武器にそれを使ったでしょう。ですから、人間全体に、それに就いては責任があるわけで――ですから善い悪いの事を言ってるんじゃありません。ただ人間は原子力で人を殺したと言う事で、犯してはならない所を犯してしまったと思うんです。以前、刀で人を殺していた、その刀が鉄砲になり、大砲になり、機関銃になり、というような事とは、実はまるで違う事が起きてしまった。……原子爆弾を作って、それを使ったという事で、人間は実は自分の今までの歴史を根こそぎスッカリ変えてしまったのです。神が生きものを創造したことが世の中のはじまりだとするならば、その時から今までの事をすべて台無しに叩きこわしたのが原子爆弾で、ですからすべてがまたゼロから、始まるものなら始まるわけで、つまり創世紀――そういう所に僕らは立たされている。立たされてしまったんです。そうじゃないでしょうか?……僕が言うのは、そんなトテツもない、自分たちに取って根本的に決定的なことが起きてしまってるのに、しかもそれを自分の手で引き起してしまったのに――つまり犯しちまっているのに、人間はその事に気が附いていないんじゃないかと言うことを、それを僕あ――。
私 ああそうか。それなら私にも少しわかる。蒸気機関が発明されて、それで産業革命が起きた。それと似たような、それの続きとしての進歩が起きたというような事ではないかも知れんね。早くなんとかしてコントロールしないと、こいつから逆に人間は――下手をすると地球そのものまで、吹きとばされてしまうかも知れん。なんか恐ろしく妙な――
須永 妙なことは起きてしまったんです。人間はもう死んでいるのに、死んでいる事に気が附かないで、気が附かないままで生と死の境目の敷居を踏み越えてノコノコ歩いて行ってる。……
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(二人とも、いっとき黙りこむ)
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私 ……だが、須永君――君が私に話したい事は、そんな事じゃないんじゃないかね?
須永 え? どうしてなんです?
私 どうしてと言う事はないが――
須永 なんでしょう――
私 いやさ……どうして君は私んとこに来たの? いや、来たってかまわんけど、特に私んとこに来たと言うのは、どういう――?
須永 そりゃ、尊敬してるもんで――あなただけを僕は、信用すると言ってはなんですけど……そうですねえ、尊敬してると言うんじゃないかも知れません。友だちに逢っても、先輩も親兄弟もそのほかの世間の人も僕には、つまらんのです。直ぐ嘘をつきますから。あなたは、嘘だけはつかれないから、そいで、なんとなくツイお目にかかりに来るんです。
私 そう、そりゃなんだけど――私の言ってるのは今日のことさ。特に今夜はどうして此処に来る気になったかって言う――?
須永 いけなかったでしょうか?
私 いや、いけなかないけど――
須永 それにモモコさんを見たくなって。
私 モモコ? どうして?
須永 好きなんです。
私 うむ。……君、ピストル、持ってるの?
須永 え?
私 持っているんだろう?
須永 ……(私の顔を見ていたが、普通の調子で)ええ持っています。(手紙でも出すような素直さで、右手を内ポケットに入れる)
私 (それをとめて)いや、いいよ出さないでも。……だからさ、その事を――?
須永 え?
私 ……夕刊に出ている、君のことが。
須永 そうですか?
私 知らないのか?
須永 ええ。
私 ……どうして特に此処に来たのかと言うのは、それさ。私は君を好きだから別に迷惑だとは思わない。しかし、君の方としては、それを考えるのが自然だったと思うんだがね。私や、そいからこの家に住んでいる人たちに迷惑がかかると思わなかったの?
須永 (単純ないぶかしそうな顔で
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