入って来て、眺めていたが)織子、お前ふるえているんじゃないのか?
織子 いえ、あの……
舟木 馬鹿だな! (妻のふるえているのを賭博のスリルのためだと思っているので、その織子に対してと、賭博をしている柳子たちに対して両方に)
柳子 (そちらを振向きもしないで)馬鹿は、はなっから承知ですよ! さ、行くわよ! こんだ、あんた振る?
須永 いや、僕あ――(弱りきって、モジモジ尻ごみしている)
柳子 そいっじゃ、あたしが振る。あんたが勝ったら、私を丸ごと。私が勝ったらその金と指輪もみんなもらいます。
房代 よして! もう、よしてよ! 怖いわ!
須永 ……困るんです僕。
柳子 なにが困るの。あんたが取ったら、煮て喰おうと焼いて喰おうと、あたしのこと、自由にして踏んづけたっていいし、殺したっていいのよ。
須永 え、殺す!
柳子 そうよ!
須永 …………(柳子を見ていた眼を周囲の一同にまわしてシラリシラリと見ている)
浮山 ハハ、ハハ、だから、いいじゃないか、冗談なんだよ。自由にしていいんだから、なんにもしないで置いといてもいいんですよ。そうだろ? ハハ!
須永 はあ。……(その浮山を見て、弱々しく微笑する)
柳子 そいつは、そちらさまの御自由ですよ。じゃ、いいわね? 行きますよ。(壺をカラカラと振って、パッと伏せる)……さ!
須永 どうも、しかし僕あ――
柳子 ……どうだ?
須永 どっちでもいいんですけど――
柳子 ……ば、馬鹿にするの、あんた?
須永 ……そいじゃ、丁です。
柳子 丁! ……(壺にかけた右手がブルブルふるえている。それをグッと睨んでいてから)……はい、勝負! ……(ソッと言ってから、スッと壺をあげる。チラッとサイコロを見るや、ガクンと提灯がしぼむように後ろに坐りこんでしまう)
房代 あーあ!
須永 どうも……すみません。
舟木 ふん。さ、部屋へ行こう。
織子 いえ、あの――
若宮 あのう……(先程この室に入ってきてから、この男にしては例の無い一言も口をきかないで須永の顔ばかり穴のあくように見ていたのが、この時はじめて、それもこの男には珍しい意味の無い言葉を吐く)
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(室内は水を打ったように静かになってしまう。柳子は虚脱して、須永の方をボンヤリ見ている。間。……ゆるやかな笛の音がはじまる。桃子が吹いているのである……)
[#ここで字下げ終わり]
浮山 ……モモコ、寒くはないか?
モモ …………(フルートを吹きながら、頭を横に振る。……そのフルートの音と浮山の声で室内の空気が溶けて、やわらかになる)
省三 須永君!
須永 え?
省三 この……(後が言えないでいる)
モモ 須永さん、いっしょに塔に行かない? あすこの方がよく鳴る。(立って須永の方へ)
須永 ええ。(救われたように立ちあがる。足がしびれて少しヨロヨロする)
浮山 でも、あぶないから、もうよしなさいよ。
モモ だって須永さんと一緒だもの。
浮山 でも、こんな暗いからさ。
モモ ホホ、暗いのは平気よ。(須永の手を取って、スタスタ出て行く)
浮山 気を附けるんだよ。……(一同をなんとなく見渡して、立ちあがる)やれやれ。
房代 どう言うんでしょう、ホントに。(須永の残して行った紙幣の山と、その上にのっている指輪を見て)これ、どうするの?
浮山 さあ、やっぱり、そりゃ須永君のもんだろう。
房代 そうね。……(柳子の方を流し目で見ると、柳子はまだボーッとして、立つのを忘れているので、その紙幣たばと指輪を持ちあげて、わきの丸テーブルの上にのせる)
舟木 (織子に)さ、帰ろう。もう遅い。
私 舟木さん、ちょっと。……(舟木の後に従って一緒に行きそうにするが、又立ち停って)あのう――
舟木 なに?
私 そうさな、ここでいいか。……あのねえ、ちょっと変な、この――
若宮 ど、どうもなんだ、全体こんな、いえ――(たたんで、ふところに入れてあった夕刊を出して、舟木に渡す)これ、これです。
舟木 なんです? ……いや、こりゃ僕も先刻読みましたよ。
房代 (夕刊をのぞき込む)なんなの?
若宮 さっき、ちょっとお前にも言ってたろう、アプレゲールのさ。(舟木に)もう一度よく読んで下さいよ。
舟木 だから、これはその三人殺しの――
省三 それが、須永君らしいと言うんですよ。
若宮 らしいじゃ無い、年も合ってるし(私に)名は孝と言うんでしょ?
私 そう。……
舟木 え? すると、この、これが今の、須永――?
房代 へっ? ……すると、なんなの、あの須永さんが、ひ、ひ、人を、あの――?
若宮 今朝だと書いてある。恋人の――もう死んだそうだが、その死んだ恋人の義父、と言うから義理の父親だな。それを絞殺、しめ殺し、そこへ出て来た母親、これは実母、恋人のホントの母親をピストルで射殺、そいで、外へ出ようとした所へ来合わせた米屋の配達人を射殺して逃走し、目下捜査中とある。調べによると、死んだ娘の恋人だった須永孝が犯人に十が十、まちがいないと、チャンと書いてある。どうも――。
舟木 ふむ。……(私に)ほんとですかねえ?
私 多分、どうも……。
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(一同シーンとなってしまい、顔見合せている。……間)
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柳子 ……(フッと夢からさめた様になって)え? なんですって? (立ちあがる)
房代 あたし、怖い!
浮山 すると、ピストルを持っている。
若宮 持っているわけだ。
柳子 (フラフラ歩いて来て)あの、その、須永さん、人を殺した――?
若宮 そうらしい。
柳子 あの、すると、ここに居た須永さん? ……(舟木や私の顔を見まわしているうちに、眼つきが妙になり、歯を喰いしばってシュウと言うような声を出し、それがヒイと聞こえるようになって身体をあお向けにそらしてストンと倒れる)
織子 どうなすって? 柳子さん! 柳子さん!
房代 柳子さん! しっかりなすって!
浮山 いけない! あんまり昂奮するもんだから。
舟木 (これは医者で、落ちついて、そばに寄って行き)織子、洗面器に水を。(片膝を突いて、手首を握る。織子小走りに階下へ去る)……
若宮 テンカンでしょう?
浮山 注射かなんか、あの――?
舟木 ……(柳子の目ぶたを開いて覗いていたが)いや、それには及ばんでしょう。テンカンと言うより、あんまり昂奮しすぎてる所へ、今の事で――(浮山に)それに、コカイン相当にやってるんでしょう?
浮山 ええまあ。近頃では、その上に、睡眠剤をのんだり、いろいろで――
舟木 いかんなあ。……そこのソファの上に寝せとくか。(言われて房代、省三、浮山の三人が柳子を抱えあげて、ソファに寝せる……)こういうタチの人は、下手をすると、おかしくなる。
若宮 気が狂うんですか?
舟木 いや、そういうわけでもありませんがね。
若宮 そう言えば、此処の亡くなった大旦那も、ひと頃、少し変だったとかってね。あの高い塔をおっ立てたりしたのなんかも、まあ、普通じゃない。
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(そこへ織子が急いで水の入った洗面器をかかえて入って来る。それをソファの下に置き、浮かしたタオルをしぼって、柳子の額にソッとのせる。……柳子、意識を失ったまま身体をビクッとさせるが、直ぐに静まる)
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舟木 ……(それをジッと見おろしていたが)いいだろう、大した事はないようだ。……(私に)どうします?
私 ええ。……
舟木 見たところ、そんな兇暴な所など、まるで無いけどねえ?
私 うん。……極くおとなしい――私にも腑に落ちない。あの男がそんな――
若宮 でも、あの人に相違は無いんでしょう?
房代 あたしは、なんだか違うような気がする。同名異人の――。だって、あんな、まるで女のような人が、そんな。
織子 (柳子の額の手ぬぐいを取りかえながら)私もそんな気がするわ。とてもやさしい、あんな――
私 だったら、ありがたいんですがね。……でも、須永は最近恋人を亡くしています。
若宮 すると、やっぱりそうなんだ。……どうすればいいんですかね? 警察に電話かけますか?
浮山 いや、そりゃ、もう少し待った方がいい。まだハッキリそうと決ったわけじゃないんだから。
若宮 だって、浮山さん、そうだとすれば、何をしでかすかわかりませんよ。ピストル持っているし、あぶない。
舟木 だから尚のこと――いや、仮りにそうだとしてもだな。
省三 でも、なんでしょう、仮りにそうだとすれば、先生、あなたの所に須永君がチョイチョイ来ていたと言う事は、須永君のうちでも知っているんでしょう? それなら直ぐ調べが附いて、もう今ごろは此処へ警察から人が来ている筈だ。
私 ……だが、須永は自分の家じゃなく、たしか下宿しているから、そう早くは調べが附かんかも知れない。もっとも下宿にしたって、もしそうなら、調べれば私の出したハガキなども有る筈だから、それに依って問い合せぐらいは、もう来てるとも言える。
省三 やっぱり、じゃ、ちがいますよ。あんなおとなしい須永君が、そんな筈はない!
舟木 しかし、それはわからない。そういう事は、言って見れば突発的なアクシデントとして起る場合もあるから、その当人の性質如何には、割にかかわらない。
私 ……どうすればいいだろう?
若宮 一刻も早く此のうちを出て行ってもらうとか、なんとか――
房代 ホントにそうだかどうだか、わからないままで? それは、ひどいわ!
若宮 すると、当人に、あんたがそうなんですかと言って聞くのか?
私 待って下さい。私にも、なんか、責任みたいなものが有るから、いっとき私にまかしてほしいんだ。私が逢って見る。すべて、それからにしてほしい。
舟木 どこへ行ったんだ?
房代 モモちゃんと一緒に塔へ行くんだって、そう言ってたから――
省三 塔なら、ここから見える。(奥の窓の所へ行き、ガラリと開ける。暗い夜空)
房代 暗くって、よく見えないわ。
舟木 いや、見える。(すかして見る)
若宮 ……なんだろう、ありゃ?
浮山 てっぺんに立っているのはモモコですよ。おや、あれが須永君かな?
私 ああ!
舟木 どうしたんだ、あれは?
房代 あらあら!
省三 ああ、モモちゃんがフルート吹いてる! (そのフルートの音が、微かに流れて来る)
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(同時にソファの上の柳子が夢でうなされているような声で泣きはじめる)
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織子 柳子さん! 柳子さん!
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(他の五人は窓から塔の方をすかして見ている)
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     10[#「10」は縦中横] 塔

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(一坪ばかりの広さの、手すりだけ附いた、こわれかけた塔の上。桃子が立ってフルートを吹いている。その反対がわの手すりの棒に両膝の関節で、こちらを向いて、逆さにぶらさがっている須永)
[#ここで字下げ終わり]
モモ ……(吹きやめて)須永さん。
須永 うん。
モモ どこに居るの?
須永 ここだよ。
モモ お星さま見える?
須永 うん、見える。(しかし実際はベットリと暗い空で星は一つも見えぬ)
モモ どっさり? (寄って来る)
須永 うん、だんだん多くなる。眼の中がチカチカ、チカチカして、とてもきれいだ。
モモ なぜそんな変な声だすの? (須永の素足にさわって)あら、あなたの顔、これ?
須永 ふ、ふ! (言いながら、身体を曲げて持ち上げ、手すりの内側に降り立ち、眼がまわるので少しフラフラしながら)おお、くすぐったいや!
モモ どうしたの?
須永 とても綺麗に見える、ああしていると。それからモモコさんのフルートが、遠くの方で大波が打つように、パイプオルガンが鳴っているように聞える。
モモ そう? ……(ニコニコして)あたしね、その時、公園に一人で遊んでいたの。もうおひるだから、ごはんに帰ろうかなと思っていたの。そしたらパッとなにか光って、なんにも見えなくなったの。そいから、なにかわからなくなって、そいで、こんだ何か見えるようになって、見たら、黒い木の枝に、人がやっ
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